PIPE MAZE

それにしてもなんでいきなり撃たれなきゃならないんだ。
あそこに居るのは何者?
大型のパイプの影に隠れ一息ついたところで疑問が溢れ出して来た。

ミムラさん!」キャメイの声だ。
キャットウォークの反対側の端に居るキャメイが何やら手振りで伝えようとしている。
手に彼女の携帯電話を持って、何かのキーを指差し…マナーモード?
俊弥は自分の携帯をマナーモードに切り替えた。それからレイナと寺田にも同じことをさせた。
俊弥はキャメイに向かい両手で大きく丸を描いて見せた。
ブルルル、直後に俊弥の携帯が振動した。俊弥はすぐに電話を取った。
ミムラさん、近くに居る駆逐艦ミチシゲに連絡を取ってあります。もうすぐ応援が来ますから、なんとか安全な場所にレイナ姫を移して下さい」
「君はどうするんだ?」
「連中を足止めします」
「足止めってどうやって?」
「いいからレイナ姫を屋内に戻して」
くそ!何考えて。
「レイナ、寺田さん、とにかくここを移動しましょう。近くに扉を見つけてその中へ」
「一番近いのはあそこやな」寺田が一階層上のキャットウォークを指差した。その途中に側面に上部構造の中に入る扉が見える。そこに行くにはパイプの影を出て、梯子を昇る必要があった。
「僕が試しに行きます」俊弥はそう言うと全速力で梯子に向かって走り出した。途端に銃声が聞こえ、近くの鉄パイプなどに火花が走った。俊弥はその場でキャットウォーク上に伏せた。
ダダン!別の方角から新しい銃声が聞こえた。キャメイだ!
キャメイがキャットウォークの反対側から威嚇射撃をしている。あの銃はどこから?さっき制御室で?
「レイナ、寺田さん、こっち来て、這ったままで!」俊弥はレイナ達に声をかけた。
レイナと寺田がゆっくり俊弥の位置まで這い進んできた。
レイナが俊弥の元まで達した時、銃声は止んでいた。どちらかが動けば再び始まるだろう。今梯子を昇るのは危険だ。
俊弥はそう判断すると携帯でキャメイを呼び出した。
キャメイさん?俺が囮になるから援護して。その隙にレイナを上に上げる」
「大丈夫ですか?」
大丈夫か?そんなことはわからなかった。アクション映画じゃないし、こんな経験はしたことも無い。大丈夫かどうかは運任せ。多分、特殊な状況に正常な判断力を失っているんだろう。自分でそう思いながら俊弥は答えた。
「大丈夫」
「レイナ、俺が走るから、その隙に上に昇るんだ。寺田さん、レイナをかばってやって下さい。お願いします」
「おう、まかせろ」寺田は不思議と落ち着いていた。俊弥と同じ様にどこか神経が麻痺してしまったのか?それともやせ我慢しているのだろうか?
「よし、行く」俊弥は立ち上がってキャットウォーク上を走った。別のキャットウォークと交差している場所を近くに見つけそこに向かって走る。
と同時にキャメイが相手がいると思われる場所に援護射撃を開始。

そういや、向こうにはパルがいるんじゃ?俊弥は走りながら携帯を掴んだ。まだ通話は切っていない。
キャメイさん、射撃やめ。パルが向こうに居る」反応が無い。撃つのに夢中で携帯のことなど構って居ないのだろうか?
自分が走ったことが役に立ったのかどうかわからなかったが、レイナと寺田が梯子を昇り上のキャットウォークに達するのを見た俊弥はまた近くの物陰に飛び込んだ。
しかし、レイナと寺田はまだ上部構造内に入って居ない。何発かの銃弾が二人の近くに当たって火花を散らした。
カンカンカンカン。俊弥は正体不明の敵の気を引くように、かかとでキャットウォークを叩き大きな音を出した。途端に俊弥の近くに銃弾が飛んで来たが、大きなパイプの陰に隠れているおかげで難を逃れた。
キャメイとドミニクの居る方角からも少し射撃音が聞こえたがそれも止まった。
俊弥はレイナと寺田の姿がキャットウォーク上から消えたのを確認した。

ブルルル、俊弥の携帯が振動した。さきほどの通話はいつの間にか途切れている。
ミムラさん、PDA持ってませんか?」PDA?さっきドミニクが持ってた奴か?なんで…と思ったが自分のジーンズの尻ポケットにそのものが入っているのに気づいた。
最初に銃撃を受けた時に、無意識にうばってポケットに入れたのか?
「俺が持ってるが」
「彼らの正確な位置を掴めますか?」
「ちょっと待って」
俊弥はPDAの電源を入れた。すぐさまここの3D図面が表示される。
最初すぐには見かたがわからなかった。自分の周りの状況と図面を見比べて、自分やキャメイ達を示す光点を特定する。それから上の階層に居るのがレイナと寺田。とすると、
「わかった。下の階層に居る」
「座標の数字は読めますか?」
「座標?」
「AXISボタンを押して座標表示を有効にして」ドミニクの声だ。
AXISボタン?これか?画面上に表示されたボタンを指でタップする。
通路や、キャットウォークが接している場所に座標値が表示される。
「えっと、多分これ。3Aの…」俊弥はPDA上の数値を読み上げた。
「了解、それをミチシゲの保安要員に伝えます、ミムラさんもなんとか上に上がって下さい」
「君はどうする?」
「連中が動けない様に、移動するそぶりを見せたら銃撃します」
「しかし、向こうにはパルが居る。もし」
「連れて行かれるともっとまずいことになるかもしれません。それに彼は向こうからすれば人質ですから」
キャメイの言いたいことはわかったが。
俊弥は再びPDAを見た。ここの構造は色々なパイプやキャットウォークが複雑に絡まって迷路の様になっている。ここが自分が居る場所で、あっちがキャメイ、それから正体不明の敵?の居場所は…
待てよ?このパイプは?換気用?俊弥はPDAを操作しHELPを出す。各パイプや通路の役割を示す説明を画面上で見ることができる様だ。この説明によるとあのパイプは…
キャメイさん、俺はパルのところに行く」
「え?ちょっと」キャメイの声を全て聴く前に俊弥は電話を切った。
切った途端に電話が震える。レイナだ。
「レイナ?無事か?」
「あたしは大丈夫。トシヤも早くこっちに来んね?」レイナが本当に失敗そうな声を出した。
「レイナ、俺はパルを取り返してくる」
いったい自分は何を考えているんだ?こんなの素人がやるこっちゃない?
やはり未経験の特殊環境に頭のどこかがおかしくなったんだ。
素人はとっとと逃げるべきだろう。そう思いながらもどういうわけか、一切引く気は俊弥には無かった。俊弥は携帯を電源ごと切ってしまった。