RAINBOW-7 2

ドミニクはひととおりの説明を終えると、全員をレインボー7の甲板上に連れ出した。
ほどなく見学者達は船橋部分の反対側に巨大な構造物が設置されているのに気づいた。
「これって」俊弥は思わず日本語で声を上げた。さっきエレベーターで甲板に上がってきた時は気づかなかった。いや、多分視界には入っていたのだろうが、予想したよりもずっと巨大なソレが何なのか理解する前に先ほどの食堂に連れて行かれたのである。

『これがインディゴ3宇宙輸送システム。要するにロケットです』ドミニクは見学者達に向かって大きな声で説明した。
海上プラットフォーム上に巨大な土台が据え付けられ、そこから太い柱のような物体が斜めに倒れた状態で設置されていた。柱の下にはクレーンの様な金属製の梁があって、その柱状のものを支えている。良く見ればその柱状の物体がロケットなのであった。

『さきほども説明しましたが』ドミニクは見学者達がぽかんとした顔でロケットを眺めているのを見ながら続けた。
『このロケットは全長約60m,直径は一番太い部分が約4mあります。3段式のロケットで液体燃料、ケロシンと液体酸素を混合しながら燃焼させることで推進します』
『燃料はもう入っているのかい?』誰かが質問した。
『いえ、燃料は発射の直前、注入されます。このロケットは来週の日曜日の早朝に発射されますが、燃料は前日の夕方から注入作業が始まります。ロケットの液体燃料は扱いが難しいため、あまり早くからロケットに入れっぱなしにしておくわけにはいきません』

『写真撮ってもいいかい?』俊弥が携帯電話を頭上にかざしながら聞いた。
『ああ、かまいませんよ』
その言葉に他の見学客達も一斉にカメラや携帯電話を取り出し、ロケットや周りの施設を撮影し始めた。

「このロケットは人は乗れると?」レイナが写真を撮っている俊弥の袖を引っ張りながら聞いた。
「人は乗れないんじゃないの?」俊弥は無造作に答える。
「ほんとに?」
「いや、俺に聞かないでドミニクさんに聞きなよ」
「俊弥聞いて。バカみたいな質問だから恥ずかしいっちゃ」
おいおい俺だって恥ずかしいよと俊弥は内心思ったが、携帯電話をたたみポケットにしまうと再度ドミニクに声をかけた。

『ドミニクさん、このロケットはもちろん無人なんだろう?』
『そうですよ。このロケットのペイロードは…、これもさきほど説明しましたが、約6000kgになります。乗用車3,4台分ってところですかね。商業用のデジタル通信衛星なんかの打ち上げに使います。来週の打ち上げも高速のインターネット拡張用と聞いていますがね』

その説明を聞いている傍らで、また誰かが俊弥の袖をひっぱった。今度はパルが俊弥に何か聞きたそうにしている。
『なんだい?』
『あの…、質問がある』パルは少し申し訳なさそうな顔で言った。
『君も招待された見学者なんだろう?何も遠慮することは無いよ』その様子を見ていた寺田がなんでも聞いてみろという風にドミニクの方を指差した。

『えっと、このロケットはなんでここから打ち上げるの?別にアメリカとか、他の国からでも』パルが大きな声で尋ねた。そういえばドミニクはこの打ち上げのシステムについて、例えばこの海上プラットフォームのほかに、司令センターを持つ司令船が近くにいて、実際の打ち上げ時にはその司令船から全ての制御を行い、このレインボー7無人になることなどを話してくれた、なぜそのようなシステムなのかにはあまり触れなかった。

『簡単に言えば燃料を節約できるからだよ』ドミニクは答えた。
『燃料?』パルは良くわからないようだった。
『地球は丸い。そして回っている。これはわかるか?』ドミニクが右手でボールを回す様な仕草をした。
『回っているの?』パルは不思議そうな顔でドミニクを見た。
『よし、もう一度さっきの食堂に戻ろう。あそこにいいビデオがあるから。子供向けに重力とか遠心力とかを説明するやつが』
『えー今、説明できないの?』パルは不満そうな顔をした。
『多分ビデオの方がわかりやすいと思うよ』俊弥はそうパルを諭した。
「暑いし中に入って涼んだ方がいいですよ」キャメイが日本語で言った。
「そうやな、いっぺん中入ろ」寺田が同意する。
俊弥はパルとレイナを自分の両脇で肩に手をかけ、船橋に向かって歩き始めた。

他の客達もロケットに見飽きたのか、暑さに負けたのか、ぞろぞろと室内に戻ろうと動き始めていた。

船橋から何人かの作業員らしき集団が歩いてきて、見学客達とすれ違った。
俊弥には理解できない言語で何かをしゃべっているようだった。

不意にパルが振り返り、その作業員達の方を見た。
『どうかしたか?』俊弥は聞いた。
パルは無言でかぶりを振った。

「トシヤー、何やっとるとー。早く入ろ!」いつの間にかレイナが俊弥の横からいなくなり、船橋の扉の前でピョンピョンと跳ねていた。南国育ちでも暑いのは辛いか。俊弥はそんなことを思いながら、パルをいざなって船橋へと急いだ。