JET FOIL

海は凪いでいた。その凪いだ南洋の海を高速艇ジェットフォイルが滑る様に進んでいく。ジェットフォイルボーイング社が開発した水中翼船である。ガスタービンエンジンとウォータージェット推進の組み合わせで、文字通り水面上を「飛ぶ」様に走る。
ボーイング929の名称を与えられたその船は元は軍用のミサイル艇等に使うために開発されたものである。
日本の民間航路でも見ることができるこの高速艇の窓際に俊弥は座り、ぼんやりと海を見ていた。
日本でも乗ったことがあるが、不思議な船であった。一見すると何の変哲も無い水中翼船だが、全没式の水中翼に設置された動翼をコンピュータ制御で操作して安定した姿勢を保ちながら海上を滑る様に進む。初めて乗った時、いつまでも離陸しない飛行機の様な乗り心地だと感じた。旅客機がハイスピードで地上で滑走している時の感じに似ているのである。


前の座席には当たり前の様に寺田が座り、その隣には王(ワン)が居た。
俊弥の隣にはこれまた当たり前の様にレイナ、そしてその隣にキャメイが座っている。
「次、トシヤー」レイナが俊弥の目の前にトランブを差し出した。俊弥はレイナが広げた数枚のトランプの中から無造作に一枚を抜き取る。それから自分の手札と同じ数字の札を見つけてレイナが自分の前に出している食事用のテーブルの上に置いた。それからまた窓の外を眺め始めた。
「もう、ホンキでやらんと」レイナが軽く抗議をした。「せっかく面白いゲーム教えてもらったのに」発射台はレイナ本島の港から洋上に移動しており、時速80km以上で航行可能なジェットフォイルでも1時間以上かかる位置に居た。船内での時間を潰すために俊弥がババ抜きを教えたのだ。
「レイナ姫はババ抜き初めて?」寺田が前の座席から声をかけた。
「こんなゲーム初めてやると」
「別に日本のゲームちゃうねんけどなあ」
「そうなんですか?」寺田の言葉にキャメイが意外そうな顔をした。
「だってトランプ自体日本の物ちゃうしな。これは元はOLD MAIDっちゅう名前なんやて」寺田が説明する。
「どこの国の遊びなんですかね?」とキャメイ
「そこまではわしも知らんな」
「とにかくトシヤ、真面目にやると」レイナがそう言って今度はキャメイのカードを選び始めた。
相変わらずこの子は…、俊弥は隣に座るレイナのしぐさを見るとも無くぼんやりと眺めていた。隣に座っているとなんとなくいい匂いが漂ってくる。なんとなく猫の様なイメージのその少女を見ていると、その子が一国の王女であることを忘れそうになる。
別に恋愛感情が湧くわけではないが、近くにいると心癒されるのは事実だなと、そんなふうに俊弥は思い始めていた。
多分自分はこの状況を喜んでいるのだ。

ふと窓の外に目をやると、近くの空をグレイに塗られたヘリコプターが、俊弥達を乗せたジェットフォイルと同じ方角に進んでいった。ロケット打ち上げの関係者でも乗せているのだろうか?
俊弥は海の先を見通そうとするかのように目を凝らした。
「ほら、またトシヤの番ね。引いて」俊弥の物思いを打ち破り、再びレイナがトランプを差し出した。
俊弥はまたも無造作にトランプを引き抜く。
手札は2枚。そのうちの片方と同じ数字を見事に引き当て、残り1枚になる。
「もう、トシヤ強いっちゃね。なんかズルしよらんと?」レイナがとびきり悔しそうな顔をして俊弥を見つめた。
「マグレだよ」俊弥はそんなレイナに笑いながら答えた。
「なんか急に嬉しそうな顔になっとると。なんね?」
「いや、なんでも無いよ」
「三村はん、結構むっつりやなー」寺田がちゃかした。
「むっつりってなんね?」
「スケベ!」
「えー!」キャメイがキャっキャと笑う。
「ちょっとお、変なこと言わないで下さいよ」なんとなく気分が変わったのか、俊弥は寺田やキャメイの悪ふざけに乗り始めた。
「レイナ、気をつけた方がいいよー」キャメイが悪乗りする。
「なんね?」レイナはきょとんとしていた。
「なんでもないよ」俊弥が答える。
「でも」
「レイナといると楽しいってこと」俊弥は真顔でそう言った。
その言葉にレイナは少し紅くなった様だった。


たわいも無い会話をしていると、かすかなショックが船内に伝わってきた。ジェットフォイルが減速を始めたのだ。
しばらくすると明らかにゆったりとした速度にまで減速したジェットフォイルは接岸位置に回りこむためか、今までひたすら真っ直ぐに航走していた艇が、軽く旋回を始めた。と同時に窓からみえる海上になにやら海底油田の掘削基地の様なものが陽炎にかすみながら見え始めていた。

「みなさん海上発射台が見えてきましたよ」キャメイが嬉しそうに告げた。