BROKEN DREAM

「大丈夫?」俊弥が治療を受けている間、レイナが心配そうな顔で何度も尋ねた。
大丈夫だと言ってレイナを安心させてやりたいところだったが、実際、4針ほど縫った傷口は軽めの麻酔では痛みをとり切れず、レイナに向かって微笑むつもりがなんとも言えないゆがんだ表情を見せてしまっていた。
「うぐ、つっ」何かをしゃべろうとすると背中に痛みが走る。落ち着くまでの間、うつぶせになって、ベッドで寝ているしかなかった。
「トシヤ…」レイナが治療の終わった俊弥の傍らに座り、右手をぎゅっと握っていた。
俊弥は少し恥ずかしかったが、振りほどくほどの力も出せず、なんとか微笑んで見せるのだけで精一杯だった。今度は一応笑顔が作れたのか、こわばっていたレイナの顔に安堵の表情が浮かぶのがわかった。


ミムラさん、様子はどうですか?」治療が終わって20分ほどした頃にキャメイが医務室に入ってきた。その頃には少し落ち着いてきたので、なんとかまともに言葉は発せられる様になっていた。
「正直、かなり痛いけど、まあ、落ち着いてはきたよ」こーいう時は相手が日本語で話してくれるのはありがたい。英語だと多分何も話せないだろうな。そんな取り止めの無いことを俊弥は考えていた。そういえば、

「レイナ、もう手離してもいいから」俊弥はそう言って、レイナに軽くウインクをして見せた。
レイナははっとした様に頷いて、手を離した。
「ドクターの話では、重要な器官が傷ついたりはしていないので、傷口さえふさがれば問題無いそうですよ。明日にでも市内の病院を紹介しますから、定期的通って頂きますけど」キャメイは落ち着いた様子でそう伝えた。レイナとほとんど歳は変わらないのに、こんな事件が起きてもずいぶんと落ち着いている。彼女の立場がそうさせるのだろうか?それとも…
「ずいぶん落ち着いているね、キャメイさん」俊弥は率直にそう言った。
「え?」
「いや、レイナなんかずいぶん取り乱しているのに、君は落ち着いているから。もしかして、こーいう事件多いの?」そう聞いた俊弥は、キャメイの表情が少し曇ったのに気付いた。
「はい、多いとまでは言いませんが、最近色々起こっているのは確かです」キャメイは悲しそうに頷いた。
「ところで、さっきの男の子が…」
「彼が何?」
ミムラさんに謝りたいと。どうします?会いますか?嫌なら断っても」
「うん、会いたいな。彼と少し話をしてみたい」
「わかりました」


少年は下を向いたまま、おずおずと医務室に入ってきた。
「レイナ、キャメイさん、ちょっと部屋を出てくれないか?彼と二人で話がしたい」
「レイナはそばに居るっちゃ」レイナがかぶりを振った。
「頼むよ、彼と男同士で話がしたい」その言葉にキャメイが少しムッとした表情になった。
「男とか女とか関係無いです。それに彼は一応テロ事件の容疑者ですから」キャメイは強い口調で抗議した。
「そう言わずにさ、女の子が居るところじゃ話辛いこともあるんだよ。ね?俺は大丈夫だからレイナも少しだけ」俊弥はそう諭す様にレイナとキャメイに言った。

キャメイは渋々頷くと、更に渋るレイナを連れて医務室を出て行った。

『大丈夫か?兵隊達に乱暴に扱われなかったか?』俊弥は英語で少年に話しかけた。
少年はYESともNOとも取れないようなそぶりでかぶりを振った。
『ケガは無い?』もう一度簡単に聞いた。
『大丈夫』少年はおずおずと口を開いた。簡単な英語だが、訛りが強く、答えを予想していないと聞き取りづらかった。
『えーっと、俺は大丈夫だから。気にするな』俊弥は自分からそう言った。もっともベッドにうつぶせになったままだったから、あまり説得力は無さそうだったが。
『なんであんなことをしたんだ?生活に困ったりしているの?』俊弥は単刀直入に尋ねた。
少年は俊弥の言葉に顔を起こし、少し逡巡してから答えた。
『今は大丈夫。でも、いつか魚獲れなくなる。そう聞いた』
『君のお父さんは漁師なの?』
『うちの家族みんな。村の人たちもみんな。魚獲って暮らしている。海に色んなモノが作られた。魚が居ない海が出来始めている。政府の人たちはちゃんと考えていると言うけど、僕たちはそれが何なのかわからない』
『なあ、君は学校には行っているの?』俊弥は少し話題を変えた。
少年は大きく頭を横に振った。
『学校はお金がかかるの?』
『かからない。でも家の手伝いをするから、行かない』
『行きたくは無いの?』
その言葉に少年は下を向いて黙ってしまった。
『わかったよ、ありがとう』俊弥はそう言ってから、更に話を続けた。
『君たちがなるべく早く帰れる様にキャメイさんには頼んでみるよ。それから、一度学校に行って見るといいよ。全部の時間じゃなくても、一部だけもでいいから』
俊弥の言葉に少年は不思議そうな顔をした。

『今度、君の村に遊びに行ってもいいかな?』俊弥はそう言って少年の瞳を覗き込んだ。少年は戸惑っている様だったが、今度は首を縦に振った。
『あの、一応確認だけど、それはYESって意味だよね?』文化が違えばジェスチャーも違う。俊弥は不意に不安になってそう聞いた。
その言葉を聞いてなぜか少年はおかしそうにクスクス笑い始めた。なぜそんな当たり前のことを聞くのだろう?とでも思ったのだろうか。
『YES、YES』少年は初めて笑顔でそう答えた。


俊弥は医務室の外で待っていたレイナとキャメイを呼び、少年はキャメイに連れられて医務室の外へと出て行った。少年が医務室を出る間際、俊弥はふと思い出した様に聞いた。『君、名前は?』
少年は振り返って答えた。
『パル』
『パルか、俺はトシヤだ、ト・シ・ヤ』
『トシヤ?』
『そうだ、また会おうぜ、パル』
少年は照れくさそうに頷くと、医務室を離れていった。


「結構短かったけど、あの子と何話したの?」レイナが尋ねた。
「たいしたことじゃないよ。俺はこの国についてちょっと勘違いしてたみたいだ」
俊弥のその言葉にレイナは悲しそうな顔をした。
「トシヤ、レイナ王国が嫌いになった?」
「そうじゃないよ、レイナ。俺は単純にここを南の楽園だと思っていた。バカみたいに夢を見ていたんだな。でもそうじゃないことがわかった」
「トシヤは日本に帰っちゃう?」レイナが心配そうに俊弥の顔を見た。
俊弥はそんなレイナの手を軽く握って、こう言った。
「いや、帰らないよ。ケガが治ったらキャメイさんと色々話して見る。あーいう子供達があんな馬鹿なことをしない済むにはどうしたらいいのか。俺なりに力になれることを探すよ。だから…」
「だから?」
そこで俊弥はひと呼吸間を開けた。これからしゃべるセリフがなんとなく気恥ずかしかったのだ。
「だから…、これからもよろしくな、お姫様。当分、君のそばに居させてもらう」



レイナ、キャメイ、俊弥の3人はジェットヘリに乗り、駆逐艦ミチシゲの甲板を離れた。
ケガをした俊弥を早く宿舎である王宮に帰すためである。

「あの子達はどうなるんだ?」俊弥はヘリの扉が閉まり、浮上するなり口を開いた。
「え?」キャメイが頭に付けたヘッドセットのマイクのボタンを指差して、これを使えとジェスチャーで示した。彼らの乗る軍用ヘリはあまり遮音性が高く無く、おしゃべりをするには不向きだった。
「あの子達をこれからどうするの?」俊弥はマイクを使って聞きなおした。
「とりあえず3日間くらいは警察で取り調べを受けることになると思います」キャメイが答えた。
「3日間も?」
「はい」
「まだホントに子供だぜ?」
「わかっています。でも彼らはレイナ王国の王女が乗るクルーザーを襲撃したんです。子供だけの考えでやむにやまれず起こしたことならば、そんなに大事にする気はありません。厳重注意の上で帰宅させることになると思います」
「だったら?」
「もし、彼らの後ろになんらかの大人が居た場合は話が別です。誰が彼らを煽動したのかハッキリさせなくてはなりません。ミムラさん、この国の体制は磐石ではありません。私達はこの国を良くするために一生懸命やっているつもりですが、ある人たちからすればそれは面白く無いことかもしれません。それを暴力で表明することは許容できません」

「トシヤ、キャメイはトシヤの言いたいことはわかってるっちゃ。今回のことはキャメイに任せてね?」レイナが心配そうに二人のやり取りに割って入った。
キャメイさん」
「はい?」
「一度、あの子達の村を訪ねてみないか?」
「村を?」
「うん、あの子達が普段どんな生活をしているのか、村の人たちが何を望んでいるのか。それを見に行こう」
「わかりました。ミムラさんのケガが治ったら、必ず実現しましょう。この国の経済産業長官としてお約束します」