LITTLE TERROR 2

『バカなことは止めなさい』キャメイが珍しく強い口調で言い放った。
発電所というのは、ミウナの北側に建設を予定している海上発電所のことね?こんなことをしても計画の変更はあり得ないわ』

発電所のために魚獲れなくなる。父さんの仕事無くなる』少年が言葉を返した。

『そんなことはありません。たしかに一部海域での漁獲量は変化するけど、その分他海域で漁礁を沈める等の対策を行っています。漁業中心で生活している部族間の漁場割り当てもちゃんと調整して』キャメイが浴びせかける様に反論した。

『うるさい!』少年はそう言った様に見えた。
「痛い!」レイナがうめき声を上げる。俊弥は驚いてレイナを見たが、ナイフなどで切りつけられたりしたわけではなく、少年がレイナの左腕を強く掴んだだけのようだった。

『その子を乱暴に扱うな!』俊弥は思わず声を上げた。
『外国人は黙れ!』少年はやや激した様に叫んだ。その様子に少年の仲間の子供達ですら、少し驚いていた。

うわああああああああああああん!
突然女の子の泣き声がした。

少年と一緒についてきた女の子のひとりが火がついた様に泣き出したのだ。

少年はその女の子に何かを言い、泣き止ませようとした。しかし女の子は泣き止まない。
少年は俊弥達を警戒しながらもなんとか女の子を落ち着かせ様に色々話をしている様だった。
俊弥は少年の動きを伺いながら、少し体の位置を変えようとした。俊弥と寺田が並んでいる位置と少年とレイナとの間にデッキチェアーが転がっている。少年に飛びかかるには邪魔である。俊弥はデッキチェアーが邪魔にならない位置に少しづつ体をずらそうとしていた。

「やめとき」寺田が俊弥の動きに気づいて制止した。
「あかん、こーいう状況で素人が動くもんちゃう。相手が子供でも武器を持っとる。下手なことをすれば怪我人が出る」
「でもこのままじゃ」

女の子はまだ泣き止まなかった。
リーダー格の少年はあきらめたのか、キャメイの方を見て何かを話しかけた。
その時。

『こっちおいで』レイナが泣いている女の子に声をかけた。
リーダー格の少年につかまれていない居ない方の右腕を女の子に向かって伸ばし、女の子を自分の方へ引き寄せた。少年の顔を一瞬こわばったが、レイナが女の子をあやすようにやさしく頭をなで始めるのを見て、少し安堵の表情に変わった。
レイナは俊弥には聞き取れない言葉を女の子にかけていた。
女の子はようやく泣き止んだ。


クルーザーに乗り込み、厳しい表情で大人たちを睨みつけていた他の子供達の表情が少し緩んだのを俊弥は感じ取った。この子達は誰もこんな暴力行為を望んでやっているわけでは無いのだろう。南の楽園に見えるこの国に違う現実があることを知り、悲しい思いにとらわれた。


『ねえ、もう止めようよ?ね?』子供達を説得するキャメイの口調が変わった。
『あなた達のお父さんやお母さんのお仕事の様子はあとでひとりひとりちゃん聞いて、政府の計画に問題があるならそこは改めます。私達はこの国の未来のことを考えて、今色々なものを国の中に作っているの。けしてみんなを不幸にしたいわけじゃないのよ?』

リーダー格の少年も、子供達も、クルーザー上の大人達もキャメイの言葉に真剣な表情で耳を傾け始めていた。

『何か新しいものを作ると、そのせいで今までと少しづつ生活の様子の変わってしまう人は必ず居ます。そういった人たちにはきちんとした補償して、新しい生活をちゃんと続けていけるように考えて行きます。私はまだ若くて、本当はまだ子供で、経験も少ないけど、国を良くするためのアイデアや実行力を持った人たちを世界中から集めて、助けてもらっています。だから、みんなも一緒に参加して欲しいの』
キャメイは真剣な表情で子供達の顔を見た。


キャメイの言っていることは少しキレイごとすぎるかもしれないし、子供達にはまだ良くわからないかもしれないな、俊弥はそんな風に感じた。それでもキャメイのいつになく真摯な表情を見ていると、そのキレイごとがなるべく上手く行く様に協力してやりたいとも思った。日本に居る時、政治だとか社会貢献だとか、そんなことを一切考えた事も無い自分が、まだこの国に1週間でこんなことを思うのは、ただ単に南国の熱に浮かれているだけなのだろうか?自嘲気味にそんなことを自問してみたが、さりとて自分の気持ちが変わるわけでも無かった。


キラリ

俊弥は自分が居る反対側の舷側、クルーザーに乗り込んできた小さなギャング達の後ろで何かが光った様な気がした。

『本当にちゃんと考えるか?』リーダー格の少年がキャメイに尋ねた。
『もちろん。約束する』キャメイが少年の目を見つめながら答える。
『それなら..』

瞬間、誰かが舷側から飛び出してくるのを俊弥は見た。銃?銃を持ち、リーダー格の少年が銛を持つ手元を狙う。

「やめろ!」俊弥は日本語で叫び、飛び出した。舷側から飛び込んできた兵士?と少年の間に立ち少年をかばう様に立ちはだかる。本人はものすごい速いスピードで動いているつもりだが、溺れた状態から回復しきっていない俊弥は実際にはふらふらと少年の前に躍り出てくる感じであった。

『バカ、邪魔するな!』女の声。ミキティ
兵士と思ったのは駆逐艦ミチシゲに乗っていた女性兵士ミキティだった。

『武器を使う必要は無い。この子達はもう』俊弥はそう言いながら少しふらついた。
ざくり。何かが俊弥の背中に突き刺さった。銛だ。少年が持つ銛が、俊弥がふらついた拍子に背中に刺さってしまったのだ。
俊弥は甲板の床に倒れた。横に倒れながら甲板上で子供達が兵士に拘束されるのを見た。リーダー格の少年とレイナが倒れた俊弥に向かって何か叫んでいる。


兵士達は最初子供たちの手を縄で縛ろうとしたが、キャメイがそれを制止した。漁業用の銛やナイフを持っていた子供達からのみ武器を取り上げたが、子供達は拘束せずに駆逐艦ミチシゲの甲板に移乗させた。


誰かが俊弥の着ていたTシャツをハサミで切り裂き、応急処置をしてくれているらしかったが、銛が刺さった時以上の痛さに気を失いそうになった。その場で消毒・洗浄をしているらしい。それから俊弥は担架に乗せられ、ミチシゲのクレーンで吊られてミチシゲの医務室に運ばれ、そこで傷口の縫合を受けた。

医務室で治療を受けている間、俊弥には外の様子は全くわからなかった。