LITTLE TERROR

「なんね?」外の様子の変化にレイナが不安そうに俊弥の顔を見た。
「何かぶつかったみたいな揺れだったね。ちょっと見てくる」俊弥はそう言うとえいやと上半身を床から起こした。起こした瞬間に立ちくらみに襲われ、俊弥は軽く呻いた。「大丈夫?」俊弥の様子にレイナは更に不安そうな顔になる。
「大丈夫」俊弥はオウム返しにそう答えると少し弱弱しく笑顔を作った。本人は満面の笑みを浮かべているつもりだったが、まだ体が回復しきっていなかった。
「レイナも行く」レイナは俊弥のそんな様子を見かねてかどうか、自分もソファから立ち上がった。レイナは危なげない様子で立ち上がり、俊弥よりも回復が早そうに見えた。
レイナは俊弥の左側に、俊弥の体を支えるようにして寄り添った。
「俺は大丈夫だから」俊弥はそう言ってレイナから離れて自力で歩こうとしたが、よたよたとなんとも頼りなくふらついてしまい、レイナの腕が背中にがっしりと巻きつけられるのに抗うこともできなかった。
「行こ?」レイナはにっこり笑って俊弥を支えながらキャビンのドアを開けた。
自分が15,6の女の子に支えられてなんとか立っている状態が俊弥にはショックだった。どちらかというとレイナに引きずられる様にして、俊弥はキャビンの外に出た。

甲板に出た途端に俊弥の背中に何か冷たいものがあたった。
「☆○△□×▽◎!」全く意味不明な言葉がカン高い声で浴びせられた。声のするほうを見るとまだ10歳にも満たない様な少年が銛の様なものを手にして、俊弥の背中に突きつけている。
「後ろの甲板に行けって」レイナが小声で俊弥に教えた。「従った方がよかけん」
俊弥とレイナは銛をつきつけられながら後部の甲板に移動する。甲板にはクルーザーの船長や寺田、キャメイ、他の乗員達が集められており、その間に武器のようなものを手にした子供達が立っていた。人数は10人前後だろうか?

どの子もせいぜい10歳前後だが、ふざけているような様子でも無かった。全員、お世辞にも綺麗と呼べる服は着ていなかった。ほとんどの子の服は元の色がなんだったのかを判別するのも難しいくらいに変色しており、どれも茶色っぽく汚れていた。

「三村はん、大丈夫かいな?」寺田が俊弥に向かって声をかけた。
「ええ、なんとか」レイナに体を支えられて立っている状態では大丈夫とも言い辛かったが、とりあえず大丈夫だという様に答えた。
「一体何なんですか?」
「さあ、いきなりボートをぶつけて乗り込んできたんや。海賊とちゃうかな?」
「海賊?」こんな子供たちが?
「漁などで十分な収入が上がらずに困窮している漁師の子供がレジャーボートを襲撃する事件は実際に起こっているんです」横でキャメイが説明した。

「あ☆だ▽×・・・・・」リーダー格らしき少年が何かを喋り始めた。しゃべるリズムは日本語に似ている様な気がするのだが、実際に何を言っているのかは、俊弥にはさっぱりわからなかった。
「寺田さん、彼が何言ってるかわかりますか?」
「いや全然わからへん」
「ですよね...」アレ?俊弥はその喋っている少年の傍らにたたずむ子供が気になった。良く見ると女の子らしい。年のころは7,8歳だろうか?少年の腕を掴んでじっとしている様子からすると少年の妹だろうか。
女の子までこんなことをやっているのかと、俊弥はショックを受けた。

「彼は」俊弥の横でレイナが小声で話し始めた。
「彼の島の近くの海上発電施設の建設を撤回しろと言ってるっちゃ」
「お金目当てじゃない?」俊弥が尋ねた。
「わかりませんよ。政治的な要求にみせかけてお金を盗るだけのケースも多いんです」キャメイがかぶりを振った。
「昔ながらの漁法で海産物を獲って暮らす人たちの中には、ここ何年もののレイナ王国での開発に反対している人もいます。時に過激な方法で反対を唱える人もいますが、普通は大人の人たちで、こんな子供達が。とりあえず彼らには逆らわない様にしてください。子供とは言え武器を持っています。気をつけないと怪我だけではすまなくなる可能性も」キャメイはそう言ったが後ろに回した手で何かをごそごそとやっていた。俊弥はそれが携帯電話であることを見て取った。
キャメイさん、それって」
「今、駆逐艦ミチシゲに緊急通報を送ってます」


「きゃ!」
女の子の声に俊弥はキャメイの方から顔を戻した。途端にバランスを崩して倒れそうになる。
「レイナ!」俊弥は思わず叫び声を上げた。
リーダー格の少年がレイナの手を引いて、俊弥達から引き剥がそうとしていた。
「おい」俊弥は身を乗り出したが、他の少年から喉元に銛を突きつけられた。
「トシヤ、大丈夫だから」レイナがかぶりを降って俊弥に動かないで伝えていた。

「・・・プリンセス・・・」少年が何事か言葉を発した。俊弥はその中に「プリンセス」という言葉を聞いた気がした。もし少年の目的が本当に海洋開発の阻止で、レイナがこの国の王女だとわかってやっているとしたら。
『その子を放せ』寺田の声だ。英語で少年に話しかけようとしていた。
『その子を連れて行っても何にもならんぞ。だいたいこのクルーザー乗員には開発を中止とかそんな権限を持った人間はいない』

少年は寺田の言葉にすっとキャメイを指さした。それから次に自分の手元に引き寄せたレイナを。
「あー、キャメイさんとレイナちゃんの事を知っとるんか。やっかいやな」

『あなた英語わかるんですか?落ち着いて話をしましょう。私が誰だか知っているのでしょう?姫を放してください。話は私が聞きます』キャメイも英語で少年に向かって語りかけた。
『姫、放さない。大事な人質。発電所、やめさせる』少年は片言の英語で答えを返した。まだ幼いその目はしかし、確固たる決意に溢れている様に俊弥には見えた。