CAPE SAYU

「あと一箇所だけ廻っていきましょう」岩さんたちの工場を離れるリムジンの車中でキャメイが喋り始めた。
「どこに行くと?」レイナが聞いた。
「ケープさーゆ」
「ああ、それは良かね」キャメイが口にした地名を聞いてレイナが賛同の意を示した。
「ケープさーゆ?」俊弥は何の事かわからずにオウム返しに聞く。
「さーゆ岬って言う岬があるっちゃよ。最近日本から来る観光客も良く見に行ってる」とレイナ。
「恋人達の岬としてね」キャメイが微笑みながら後をついだ。
「ああ、そーいうのか」俊弥は不意につまらなそうに呟いた。
「そーいうのって?」キャメイが不審げに俊弥の顔を覗き込んだ。
「いや、最近はどこの観光地にもそーいうのあるなと思って。そこで何かすると二人は幸せになれるだの、そんな言い伝えとかがあるんだろ?」俊弥はなぜか少しだけぶっきらぼうな調子になった。
「まあ、そうなんですけどぉ」キャメイがちょっと困った様な顔になった。
「トシヤどうしたと?なんかレイナ達悪い事言ったと?」軽く俊弥の雰囲気が変わったのを察して、レイナが心配そうに言った。
俊弥はレイナの様子にはっと我に返った。
「ごめん、別になんでも無いんだ。ちょっと昔の事を思い出してた。別にキャメイさんやレイナは何も変な事言ってないよ」俊弥は笑顔を作って見せたが、そのたどたどしさが返ってレイナを心配させる様な引きつった表情になってしまった。
「ホントに?」
レイナの心配そうな顔に俊弥は少し罪悪感を覚えた。
「ホント、ホント。全然大丈夫だから」今度は少しマシな笑顔で俊弥が応える。
そうは言ったものの、そこで3人の会話が途切れてしまった。
リムジンは無言の3人を乗せて、工場からさらに街はずれへの走っていった。

しばらく海沿いの何も無い広い道を走り続けたところで、リムジンは少し狭くなっているわき道へとコースを変えた。そのわき道はだんだんと元の道から離れ、気がつくと細長い陸地の真ん中を走っていた。
島から細く突き出した地形はわずかに2km未満の長さだったが、両側を海に挟まれており、クルマのCMに使われそうな光景だった。
岬の先端にはお約束の白い灯台が立っていて、灯台の手前に少し広めの駐車場が作られていた。多分観光客のために整備されたものなのだろう。
駐車場には俊弥達のリムジン以外に数台のクルマが駐車されており、他に先客が居ることを示していた。

「着いたっちゃよ!」リムジンが停車するとレイナは同乗している護衛のSPがドアを開ける前に自分でドアを開けて車外に飛び出した。
「トシヤー、早く降りるっちゃ」レイナは子供の様に俊弥を促した。
「しょうがないですね、レイナは」キャメイは少しばかり大人ぶってそう言うとSPがドアを開けるのを待って、ゆったりとリムジンから降り立った。
俊弥はレイナが開け放った方のドアからのそのそと外に這い出て、大きく息を吸った。潮の匂いを胸にいっぱいに吸い込み、そういえば自分は南の島に来ているんだということを体で思い出していた。
「トシヤ行こ!」レイナはリムジンから降りた俊弥の腕を掴むと半ば強引に灯台の方に引っ張っていった。灯台の周りには数組の観光客らしき人々が記念写真を撮ったり、景色を眺めたり、思い思いに過ごしていた。中には日本人か韓国人か、東洋系のグループも居ることが見てとれる。
岬の突端はちょっとした岩場になっており、あまり先に行けない様に柵が作られている。岬の左右は全部が岩場ではなく、左側には小さな砂浜、右側は切り立った岩場になっていた。
「トシヤ、キレイでしょ?ここ?」レイナは俊弥の右腕を掴んだまま同意を求める様に言った。二人は他の観光客に混じって、灯台の前の岬の突端部分に立っていた。少し後ろからキャメイがゆっくりと歩いてくる。
俊弥は周りの景色をゆっくりと眺めてみた。濁りの無いのエメラルドグリーンの海が視界全体に広がっており、何百メートルか先の海の上で岩か何かがあるのか常時白波が立っているところが見える。岬の左側の砂浜の部分には、小さな桟橋があり、現地の漁師の小さな船が係留されていた。
「キレイだね。ちょっと俺が知ってる別の場所に似てるかな?」俊弥は遠くの海を見ながら答えた。
「どんな場所?」レイナが聞いた。
宮古島って知ってる?」
「うーんわかんない」俊弥の問いに間髪を入れずにレイナが答える。
「沖縄は知ってるよね?」
「もちろん知ってるよ」
沖縄本島の先に宮古島っていう島があってね。そこの東平安名岬ってところに良く似てるよ、ここは」
「ひがしへんなみさき?変な名前っちゃねー」レイナは笑った。
平安時代の『平安』に名前の『名』と書いて『へんな』と読むんだよ」俊弥は説明した。
「ひがしって字もほんとは『あがり』って読むらしいけど。太陽が上がってくるから東をあがりって言うらしい」
「へー。レイナ日本に居たけど全然知らなかった」
「もし日本に行く機会があれば行って見ると良いよ。ホントにここに似てるから」俊弥はレイナを見ながら笑って言った。ほんのちょっとの会話でリムジンの中での沈黙が嘘の様にいい雰囲気が戻ってきていた。
「あらあら、二人ともなんかいい感じですね。キャメイを仲間はずれにしないで下さいよ」二人に追いついてきたキャメイがからかう様に言った。
「今日は天気良くて良かったですねえ」キャメイはそう言いながら俊弥の左腕に自分の右腕を絡めた。俊弥は左右の腕をレイナとキャメイに取られた形になった。
はたから見ているとこの3人はどんな関係に見えるのだろう?不意にそんなことが気になり始めた。そう思うと、なんとなく周りの観光客から自分達が注目されている様な気がした。
実際、何人かの人が俊弥達3人の方をちらちらと見ている。
「なあ、なんか俺達注目集めてない?」俊弥がなんとなく小声で呟いた。
「え?なんですか?」キャメイが聞えないよという顔で声を張り上げる。海から吹き付ける潮風が強くて実際小さな声では聞えづらかった。
「だから俺達なんか注目集めてない?」今度は少し声を張って言った。
「ああ」キャメイはわかったという風にうなずいた。
「レイナ姫ですよ、注目集めてるのは。お土産物屋さんでも声かけられてたじゃないですか。観光客の方にもレイナは有名ですから」
そういえばそうだった。だいたいこの国のお姫様が日本人らしき男と仲良く腕組んでいれば注目も集めるはずである。
「いつものことっちゃ、気にせんでええとよ」レイナはとにかくニコニコと笑っていた。「宮古島に行く時は」レイナが話を戻した。
「え?」
宮古島に行く時は俊弥に案内して欲しいっちゃ」
「案内たって俺もそんなには知らないよ?」
「知らなくてもいい!とにかく行くなら俊弥もキャメイも一緒に行く」レイナはそんな風に言い張った。
「そうですね。いつか行きましょうね」キャメイがにこやかにそう返した。
「うん!」レイナが嬉しそうな顔で笑った。
「喉渇かない?」レイナが聞いた。
「ちょっとレイナ、ジュース買って来るね」俊弥とキャメイが返事をする前にレイナは俊弥から腕を離して走って行った。駐車場のそばに自販機があったので、そこまで行くのだろう。

「あのさ」レイナの姿を目で追いながら、俊弥はキャメイにある疑問を尋ねはじめた。
「レイナって、誰にでもあんな感じ?」
「あんなって?」キャメイは多分質問の意味を判っているのだろうが、あえてそう問い返した。
「何ていうか、昨日会ったばかりの男に対して無防備すぎるって言うか」
「そうですねえ.....どうなんでしょ?」キャメイはいたずらっぽく笑った。
宮古島一緒に行こうとか、普通は言わないでしょ?」
ミムラさんは....少し特別かも知れませんね。何ていうかお兄さんみたいな感じなのかも」
「お兄さん...かい?」
「あら、ご不満ですか?少しがっかりした感じですよ?」キャメイが面白そうに言う。
「いや、別に不満じゃないけど」
「ごめんなさい」キャメイはそう言いながら甘える様に体を寄せてきた。
この子の場合は無防備というより計算づくって感じだな。俊弥はそんな風に思いながらも、キャメイの態度も嫌ではなかった。
「ホントの事を言いますね?第一にレイナは割と誰にでもあーいうキャラです。第二に無防備と言っても実際は専任のSPが常にレイナをガードしてますから、仮にミムラさんがレイナに変な気を起こしてもその場でズドン!です」キャメイは空いている左手でピストルの形を作って見せた。
「ただ...」
「ただ、何?」
ミムラさんはある人に似てるんです。以前にレイナに関わりがある人に。だから少しレイナの態度が他の人への態度と違っているのかもしれません」
「ある人って?」
「それは.....いずれ判ると思います」そう言うとキャメイは少しだけ顔を伏せた。