ROCKET FACTORY

「すみませーん?誰かいますー?」キャメイの声が薄暗い建物内に響いた。
大型の旅客機が丸ごと入りそうな大きさのその建物の中は、照明は落とされており、高い位置にある灯り取りの窓から差し込む光で、内部に設置された様々な機械類がそのシルエットを浮かび上がらせていた。
キャメイはここに到着すると、入り口のドアに設置されていた電子ロックを慣れた手つきで操作して、レイナと俊弥を内部に導き入れ、中に誰か居ないかと声を掛けているのであった。
「すみませーん」キャメイの日本語で呼びかける声だけが内部に反響する。
俊弥はその声を聞きながら、暗がりに少し慣れてきた目で周りを見渡した。広い建物の内部にはなにやら大きな円筒形の物体がいくつか横倒しに置かれている。他には、あちらこちらに旋盤とか工作機械っぽいものの影が見て取れた。一見して機械系の加工工場の様であった。
「今日は日曜だからお休みじゃなかと?」レイナがキャメイに声を掛けた。
「んー、でも、だいたい日曜でもここに居るんだけど」キャメイはそう答えながら、また大きな声で呼びかけた。「がんさーん、居ませんかー?」

「なんじゃいな」どこか上の方から声が聞えてきた。俊弥が声のしたほうを見上げると、建物の上部に小さな小屋みたいなものが鉄骨で組まれたやぐらの上に建っていた。建物をぐるりと取り囲むキャットウォークが壁面沿いに設置されており、建物の4隅の1つにその小屋がある。建物の壁面には小屋に向かって鉄製の階段が伸びていた。
「その声はキャメイさんかいな?」小屋の扉から一人の男が顔を出した。薄暗くてどんな男かは良くわからない。
キャメイでーす。がんさん?」
「おー、そうじゃ、岩(がん)じゃ、上がってきなされ」

「さあ、行きましょう」キャメイは先頭にたって階段を上り始めた。レイナがその後に続き、しんがりに俊弥がついた。階段を上るって上から見下ろすと、うす暗いままではあったが建物の内部の様子がより鮮明に見て取れた。しかしここが何の工場なのか、俊弥には皆目見当がつかなかった。

「お、これはレイナ姫、それに...新しいお客さんだな」岩さんと呼ばれた男は、小屋に3人を招き入れると、始めてみる来客の姿をまじまじと見つめた。
ミムラトシヤさん、今度からテラダさんのところでお仕事して頂くんですよ」キャメイがそう紹介した。
「ほう、寺田君のところでな。わしは太田岩五郎。通称、岩(がん)さんと呼ばれておる。よろしくな、ミムラくん」そういって岩さんはおおきなごつい手を差し出した。小屋には大きな窓から光が差し込んでおり、相手の様子が良く見て取れた。俊弥は差し出された手を握り返しながら、相手の様子を観察した。見た感じ、すでに60代には入っている様子である。小柄だが、腕や手は筋肉質で体に似合わずごつい感じである。
「レイナちゃん、ひさしぶりだね」二人が握手を交わしているところに別の男が姿を現した。
健さん、元気だったっちゃか?」レイナがくだけた調子で応じた。
「こちらは北村健之助さん。太田さんと二人でこのファクトリーの責任者を務めているんですよ」キャメイが説明した。
ミムラ君だっけ?よろしくな」健さんは手は出さずに軽い調子でそう言った。健さんもまた50代後半から60代前半くらいだろうか。背は高くがっしりした体格。頭はきれいに禿げ上がっていた。
キャメイくんとレイナちゃんが揃ってこんなところに遊びに来てくれるとは嬉しいねえ。ちょっとお茶を淹れるから待ってておくれよ」そういうと健さんは部屋の奥へ消えていった。部屋の中は何かのオフィス風であり、奥には簡単なキッチンがあるらしかった。

「俊弥にここの見学をさせたくって連れてきたとよ」レイナが岩さんにここに来た目的を説明した。「何か面白いものは無かと?」
「ああ、そうだな。たいした物は無いが....ちょっと待ててくれよ」岩さんは近くのデスクに座ると21インチくらいのモニターが付いたパソコンに向かい、なにやら操作を始めた。そこに表示されたのは...

「これってロケットですか?」俊弥はモニターに映った3DCGを見ながらたずねた。
「そう、ロケット」
「ロケットって宇宙に行く?」我ながら間抜けな質問だと思いつつも俊弥は再度たずねた。
「もちろん宇宙に行くロケットですよ」キャメイが俊弥のすぐ横で同じ様にモニターを覗き込みながら言った。キャメイの方から少し良い香りが漂ってくる。レイナといいこの子といい、わざとやってんのかな?俊弥はそんなことを思いながら、岩さんがパソコンを操作して次の画面を呼び出すのを眺めていた。
今度の3DCGは少し複雑だった。脚が何本も生えた台の様なものが画面に映し出されている。石油採掘か何かに使う海上プラットフォームに似てるな。俊弥は画面を見ながらそんな風に思った。
「これがなんだか判るかね?」岩さんはたずねた。
「うーん、海上油田とかそんな感じに見えますけど」
海上ってところは合ってるよ」背中越しに健さんの声が聞えた。彼の方からコーヒーの匂いが漂ってくる。健さんは手に持ったポットからコーヒーをカップに注ぐと俊弥に手渡した。続けてレイナ、キャメイ、岩さんに渡す。
「これは海上のロケット発射台」コーヒーを配り終えた健さんがモニターを指差しながら説明した。
「ここから3kmほど先の港に本物が接岸しているよ。ヒマなら見に行くといい」
「ここでは何を?ロケット?」俊弥は良くわからないまま、あいまいな質問をした。
「ロケットの部品の一部を製造しています。それに重要な部分のチェックも」キャメイが俊弥の質問に答えた。
「具体的には燃料系統のジョイント部なんかの溶接だな。ロケットのほとんどの部分は自動化された精密工作機械で加工されたり組みつけられたりするんだが、ある種の精密加工はまだ人間様の方が得意なことがあってね」岩さんがキャメイの後に補足した。
「岩さんと健さん人間国宝並みの人なんちゃよ」レイナがなぜかエッヘンという感じで口を挟む。俊弥はその様子に思わずコーヒーを吹きそうになった。
「そうまで言われると照れるがね。」健さんが頭を掻きながら言う。「発射前のロケットの最終チェックとか重要な部分の溶接作業とかをここでやらせてもらっとるよ。元々は東京で機械工場をやっとったんだが、何しろ国内ではどんどん仕事無くなって中国とかの安いところに取られてしまったからな。さてどうしようかと思っていたらキャメイくんのお父さんに声を掛けられてね。それでこのレイナ島にやってきたんだ」
「ロケットっていうのはこの島で打ち上げるの?」俊弥は誰にともなく聞いた。
「ロケットは海上プラットフォームに搭載された後、レイナ島を出港して海上で打ち上げられます。レイナ島よりも南に300kmくらいのところまでプラットフォームと支援船が航行して、赤道上からロケットを発射する仕組みです」キャメイが説明した。
「ロケット発射はキャメイとお父さんが推進しているこの国の新しいビジネスっちゃ」レイナが訳知り顔でそう付け足す。キャメイはともかくこのお姫様はどこまで判ってるのかな?と思ったが俊弥は口には出さなかった。そういえばアメリカでロケットの海上発射をビジネスにしている会社があると聞いたことがある。
「赤道上からだと発射に必要なエネルギーが少なくて済むから経済的ってことかい?」俊弥は以前に何かの雑誌で読んだロケット打ち上げビジネスの記事を思い出しながら言った。
「はい。それだけではなく、レイナ島では空港・港、それに各種の支援を行える施設を集中して設けることで経済効果を高めているんです」
「1か月後に次の打ち上げがあるから、俊弥も見学に行くっちゃよ。レイナも1回だけ支援船から打ち上げを見たけど、凄かったから」レイナがね?って感じで俊弥を横から見上げた。
「それは面白そうだな。誰でも見学できるの?」
「希望者は多いので誰でもというわけには行きませんが、ご希望なら手配しますよ?島の人達にも見たい人は順番に見に来てもらえる様にしています。ミムラさんは特別に次回見られる様にしますわ。レイナ姫も一緒に」キャメイが言った。
「あ、いや、そんな特別扱いしてもらわなくても」俊弥は慌ててそう言った。
「特別扱いというわけではないのですが、ミムラさんの場合、打ち上げに関わる仕事もして頂きますので」キャメイはそう付け加えた。
「遠慮せずに見せてもらいな。自分の仕事が何の役に立っているか知るのも大事なことだ」岩さんはそういって豪快に笑った。
「あと、なんか作って欲しけりゃいつでもここに注文してくれ」健さんが付け加えた。
「なんかって?」
「んー、そうだな。スチール製の家具とか、良く王宮の人に頼まれて特注で作ってるよ。なんか金属類を加工して作れるものなら大抵のものはここで作れるから。こないだ寺田君に車のマフラー作ってくれって頼まれたけどな。何個か試作品作ってやったら、喜んで持っていったよ」
一体どんなマフラー作ったんだか....俊弥はそう思いながら肩をすくめた。