LIMOUSINE

俊弥、キャメイ、レイナの3人を乗せたリムジンは街の中心部を離れ、港に向かっていた。キャメイが昨日見せられなかったところに案内してくれると言うのだ。
俊弥はリムジンの後部座席の真ん中で身を縮めて座っていた。
リムジン自体は大人の男一人と、小柄な女の子二人を横に並ばせるのに十分な広さがあったが、右にキャメイ、左にレイナに挟まれてなんとなく遠慮がちに座っているのである。
レイナは少し怒った風な様子で窓側に体を預けている。
キャメイはそれを面白そうに見ながら自分は俊弥の方に体を預けてきた。
「結局買っちゃいましたねえ」キャメイは悪戯っぽく笑いながら俊弥が持つ土産物屋の袋を指差した。
「もう、なんでそんなもの買うと」レイナは俊弥の方を見ないでむくれた様に言う。
「あ、いや、なんとなく...」俊弥はまずかったかなと思いながら申し訳無さそうに答えた。やっぱ引かれるよな、これ。袋の中には丸められたポスターが1本入っていた。
「なんていうか、かなり可愛いからさ、これ。ちょっと欲しくなっちゃって」俊弥はそう付け加えてレイナの様子を見た。本当のところは少しばかりレイナをからかってみたくなったのだが、まさかレイナがむくれてしまうとは思っていなかった。
「そうですよ、レイナ。このポスターのレイナ、とっても可愛いじゃないですか」キャメイが助け舟を出してくれた...いや、助け舟というより俊弥とレイナの反応を見ながら楽しんでいる様にも見える。やっぱ、悪魔だこの子、俊弥はそう思いながらレイナの反応が予想外に悪いのでかなり焦っていた。お姫様があまりにもフレンドリーで、仲の良い妹の様に振舞ってくれるので、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。本人の前でレイナのポスターを買ったのはやはり....
「可愛いから買った?」レイナが窓から顔を離して俊弥の方を見た。
「本当?」
そう言われた俊弥はまたもや申し訳無さそうに小さくうなづいた。
「ふざけてない?」
「ないない!」
「じゃあ、許す!」突然レイナは笑顔に戻り、俊弥の左腕に身を寄せてきた。レイナの髪から漂うリンスか何かの香りに少しばかり俊弥は眩暈を感じた。
「ホントはうれしいんじゃ、レイナ」キャメイがにやけた顔で突っ込みながら、俊弥の右腕に自分の左腕を絡めてきた。
この子達、わざとやってるんじゃ....そう思いながら俊弥はますます後部座席の真ん中で縮こまっていった。


「あ、そうそう、自動車なんですけど、免許証が発行されたら王宮に専用の小型車を一台置ける様にしておきますから」キャメイが思い出した様に車の話題を口にした。
「専用の小型車?」俊弥が尋ねた。
「水素エンジンカーっちゃよ。王宮と島内の何箇所かに専用の水素補給所があると」
「水素エンジン?そんなの使えるんだ?」
「このリムジンも水素エンジンなんですよ」キャメイが説明を始めた。「昨日もお話しましたけど、この国では環境への取り組みを色々行っています。自動車については私有にかなり強い制限をかけています。狭い島ばかりの国ですから、普通のガソリン車をたくさん走らせると環境への影響が深刻になります。政府が必要な台数のハイブリッドカーや水素エンジンカーを日本やヨーロッパのメーカーに発注して、公共交通等に使用しています」「日本から自分の好きな車を持ってくることはできないの?」俊弥は聞いた。
「基本的には無理です。指定の車種を使ってください。車自体は経済産業庁から貸し出す形を取ります。格安で、ほぼ燃料代だけを負担して頂く事になります」キャメイの口調が少しだけ事務的なものに変わった。
「基本的って?」
「とにかく決まった車を使ってください」質問しようとした俊弥にキャメイが強い口調で言った。
「寺田さん」レイナが俊弥の腕を引いて耳元で囁いた。
「寺田さん?」俊弥が聞き返した。
「寺田さんがどうしても日本のスポーツカーに乗りたいって言い張って、ずいぶんもめたことがあったっちゃよ。寺田さん、他の事にはすごく協力的で紳士的っちゃけど、車のことだけどうしても譲らなくて...」レイナがそう説明した。
キャメイとだいぶやりあって、結局例外的に認める事になって...」
「もうあーいうのは認めません。こんな島でスピード出すところなんてありませんし」今度はキャメイがむくれた様な顔で言い放った。
「いや、俺は移動さえできればどんな車でも.....」なんで俺はこんな女の子達の前で小さくなってるんだろう?かすかな疑問を感じながらも、俊弥は言い訳するような口調になっていた。
可愛い女の子に挟まれて、天国のはずなのに....俊弥は早くリムジンを降りたくなってきていた。

「あの、ところでどこに向かってるの?この車?」俊弥は話題を変えようとキャメイの方を向いた。
「あ、もう着きますよ、ほらあの建物」キャメイが前方に見える大きな建築物を指差した。
「あれ?」リムジンの目の前には大型の格納庫かなにかの様な建物が迫ってきてた。
「あれです」キャメイが答える。
「あー、太田さんのところ」レイナは得心したようにそう言った。
太田さん?また日本人?俺は一体どこで何をしてるんだろう?そんな疑問を感じる俊弥を乗せて、リムジンは建物に近づいて行った。