SHOPPING 3

「ねえ?」
「何?」
「携帯電話以外で急いで買いたいものはあると?」
「いや、別に無い..かな?あ、いや、ちょっと服を買っておきたいけど」俊弥は考えながら答えた。日本から送った荷物は明日には届くはずだが、もし遅れる様だと下着の替えくらいは余分に確保しておく必要があった。
「ま、でも、今日中にちょっと買えればいいんだけど」
「じゃあ、先にレイナの服買うのに付き合って欲しかね。ここでじっと待っていてもつまらないし」携帯電話売り場の店員によると契約と開通処理に1時間くらいかかると言っていた。その間にレイナは自分のショッピングがしたいらしい。
「あ、うん。いいんじゃない?」
「じゃ、上の階に行くと」レイナはやたら嬉しそうに笑いながら、俊弥の手をとって引っ張る様に歩き始めた。



はぁー...俊弥は周りに聞えそうな勢いでため息をついた。
別世界だな、こりゃ....
レイナに連れてこられたショッピングセンターの一角は、少女向けのかわいらしい服やアクセサリーで溢れかえっていた。109、いや109②かな、これ.....
正直俊弥にはほとんど縁が無い様なカラフルなシャツやスカートがそこかしこにぶら下っており、10代前半から半ばくらいの女の子達が一生懸命品物を物色している。
レイナも売り場に到着するとすぐに商品の山の中に突撃していった。
さすがに売り場の奥に入るのは俊弥には躊躇われ、売り場近くの通路でボーっと売り場の様子を眺めているしか無かった。
まわりを見ると、女の子達のお父さんだろうか?俊弥と同じ様にバツが悪い感じで売り場の外にいる男性が2,3人いた。娘の買い物につきあって来たはいいが、何をして良いのかわからないのだろう。この辺は日本とあまり変わらないのかな?と、俊弥は自分のことはさておいて、周りの男性達のことを少しばかり微笑ましい気持ちで眺めていた。

「トシヤー!ちょっと来てー」売り場の奥からレイナの声が響いた。
「早く早くー」俊弥は声のするほうが探したがレイナの姿は見つからない。仕方なく俊弥は売り場に入っていきレイナの姿を探す。
「こっちだよ!」声のするほうを向くとレイナのものらしき華奢な手が見えた。腕にはめているアクセサリになんとなく見覚えがある。しかしレイナの顔は見えない。
さらに近づくと理由がわかった。レイナはフィッティングルームでなにやら試着をし、カーテンから手だけを出して俊弥を呼んでいるのだ。
俊弥は躊躇いがちにフィッティングルームに近づいた。
「何?」
「へっへー」俊弥が声をかけるとフィッテングルームのカーテンからひょこっとレイナが顔を出した。
「これどおね?」レイナはカーテンをばっと開けて、自分が着ている服を見せた。
先ほどまで見につけていたロングの巻きスカートから、超ミニのひらひらしたスカートに着替えていた。上半身もカラフルなTシャツの上から薄いブルーの網目の大きなニット製のベストを合わせていた。
「あと、これにブーツも合わせるっちゃ」レイナは上機嫌に笑った。
「ねえ?どうね?」レイナは俊弥に再度問いかけた。
「いや、えーっと、いいんじゃないかな.....」
「もう、何それ!」ぱっとしない俊弥の反応にレイナは軽く頬を膨らませて見せた。
「いや、ホントに、すげぇ可愛いからびっくりしたの」女の子の買い物に付き合うなどひさしぶりの事、しかもレイナが放つ予想以上の明るい少女性というでもいうか、俊弥の中での「お姫様」のイメージを覆す、普通の女の子っぷりが俊弥にはまぶしく感じられた。
「ほんとに可愛いと?」レイナが念を押す様に聞いた。
俊弥は無言でうなづく。
「そっか、じゃ、違うのも試着するから見て欲しいっちゃ」レイナはそう言ってフィッティングルームのカーテンを閉めると中でごそごそと着替え始めた。

その後、レイナは別の服を何着もフィッティングルームに持ち込み、試着しては俊弥に見せて意見を聞いた。しかし俊弥にはどれも似合っている様に見えて、ほとんどまともな答えはできなかった。

結局..レイナは3種類ほどのコーディネイトを自分で選んで購入した。
「ごめんな、役に立てなくて」俊弥は買い物を終えたレイナにそう謝った。
「女の子のファッションって全然わかんなくてさ...」
「俊弥、全部可愛いって言ってくれたけど、本当?」レイナは俊弥の顔をじっと覗き込む様にしながらたずねた。
「それは本当。君はなんでも似合うよね。ほんとに全部似合うと思ったんだ」
「トシヤは、レイナみたいな女の子はタイプね?」
「え?」
「はは、あせってるあせってる」レイナは本当に楽しそうに笑う。
はぁー。俊弥は心の中でため息をついた。なんで俺はこんなところでお姫様にもてあそばれてるんだ?
「なんか楽しいね?そう思わんね?」
楽しい?楽しいのだろうか?俊弥は自問した。多分......
「うん楽しいね」こんな南の島でお姫様とお買い物。とっても不思議だが、多分自分自身楽しんでいるのだろう。
なんとなく戸惑っている様子なのは......自分自身と周りへのポーズだ。
素直になれよ!どこからか声が聞えてきそうだ。

可愛いお姫様とデートのようなお買い物。沸き立つような楽しさと、時折襲ってくる非現実感....レイナと目があう度に自分の気持ちを見透かされそうで不安になる。俊弥はどこまでも不可思議な感覚に押し流されながら、それでも見た目はいたって平静に見える様にと必死になっていった。