SUNDAY MORNING

プルルルル、プルルルル...
部屋の電話が鳴っている。
日曜の朝から誰だよ.....

プルルルル、プルルルル...
電話は鳴り止まない。俊弥はシーツをかぶったままベッドの横の小さなテーブルの上に手を伸ばして携帯電話を探した。
「はいもしもし?」携帯電話を開いて耳に当てる。

プルルルル、プルルルル...
違う、この電話じゃない。ふっと気づいて俊弥は飛び起きた。
部屋の据付の電話が鳴っている。
「はい、三村...」受話器を取ると電話が鳴り止む。今度は間違いない。
「Good Morning,Mr.Mimura.」受話器から聞き慣れない声で英語が流れてくる。
「Yes,OK...あー」俊弥はしどろもどろになりながら相手の声に答えた。要するに朝食の準備ができているから早く食堂に来いということらしい。
そういえば今何時だ?俊弥は携帯電話の時計表示を確かめた。朝9時ちょっと前。8時前には起きるつもりだったのに寝坊した。
昨日の夜、宿舎の世話をする管理人から土日の朝食は7時半から9時までと聞いていた。
この宿舎に来たばかりの俊弥に気を使って片付けるのを待ってくれてるらしい。

俊弥はとりあえずバスルームで顔を洗い、着ていたジャージにTシャツのままで部屋を出て1階へと降りていった。1階にある宿舎のロビーを通り、さらに隣の本館への通路を渡る。

そう、隣は王族が居住する王宮である。食堂はそこにある。昨夜もここに戻ってきた後、そこで夕食を取った。宿舎に住む人間はそこで自由に食事を取れるらしい。王宮にはこの食堂以外にも王族専用のプライベートダイニングがあるらしいが、王様も家族も宿舎に住む兵士や海外から来た技術者と一緒に食事をすることが多いらしい。

昨夜も....

「トシヤおはよう!」
俊弥は無精ひげの生えた顔で振り返った。
しまった!!俊弥は髭を剃らずに部屋を出てきたことを後悔した。それに服装も。
ジャージのままじゃなくもっとまともな格好に着替えてくれば....

振り返った視線の先にはニコニコと笑うレイナの姿があった。昨日と違い、ノースリーブの淡い色のシャツに、薄い布でできたロングの巻きスカートといういでたちである。
「良く眠れた?」
「ああ、寝すぎてしまったよ。8時には起きて朝飯を食べに来るつもりだったんだが」
「長旅の後で疲れてたっちゃね。今日は出かけられる元気ある?」
そうだった、思い出した。今日は.....
「ああ、大丈夫。」
「じゃあ、急いでごはん食べて着替えてきて。10時前にここに再集合ね?」レイナはそれだけ言うと近くの階段からとんとんと足音を建てて2階へのと上がっていった。

朝食はバイキング形式で、パンやらハムやらフルーツやらが適当に盛られた皿から好きなだけ取れる様になっていた。起きてきた時間が遅いせいか、結構空になっている皿もある。
ふと、ある匂いにつられて鍋の蓋を開けると、どうやら味噌汁らしきものが入っていたりする。その隣には同じくご飯の入った釜が。ただしどうもタイ米とかの長粒種の米であり独特の匂いが漂っている。それでも米飯がありがたかったので、自分の皿に米とハムとあまりくどく無さそうなソーセージ、それにパイナップルやらキウイやらを載せ、別のお椀に味噌汁をよそって席についた。

だいたい海外に着いた翌朝はあまり食欲が無いのだが、今日も案の定あまり食べる気がしない。食事を口に運ぶと味はそう悪くは無かった。とりあえず毎日食べても平気そうである。

「Good Morning!」誰かに後ろから声を掛けられた。
振り返ると東洋系の男がひとりにこやかに近づいて来た。この男は確か、そうだ昨日夕食時にもテーブルにいた...名前はなんと言ったか。
「チャーリー王(ワン)ですよ、ミムラさん」男はいかにもな中国系のなまりがあるが、それでも割と聞きやすい部類に入る英語で自ら名乗った。
「ああ、王さん」そうだ、確かにそういう名前だった。歳は30?とか言っていたっけ。
俊弥が雇われた開発局の主要メンバーのひとりで、寺田の補佐役らしい。なんでも若い頃はUCLAに留学していたそうだ。

「どうですか?この屋敷は?なんでも揃っているし住むには悪く無いと思うけど」この男も王宮と一体となっている宿舎に住んでいるのである。
「いや、まだ昨日来たばかりなんでなんとも...」俊弥は味噌汁をすすりながら答えた。
「ここのお米も日本や中国、それが無理ならせめてカリフォルニア米を使ってくれると良いのですがね。」王は俊弥の皿に盛られた米を見ながら顔をしかめた。
タイ米とかはキライかい?」
「嫌いってことも無いですが、あまり満足はできませんね」
「俺は結構好きだけどね。これはこれで色々料理にしがいがあるし」
「まあ、食事が合っているのならそれに越したことは無いですね。しばらくはここで暮らすわけですから。」

「ところで今日はレイナ姫とデートですか?」王は話題を変えた。
デートという言葉に俊弥は思いがけず顔を紅潮させた。
「な、いや、別にデートとかじゃ」
「はは、いやそんなに赤い顔しなくてもいいじゃないですか。冗談ですよ」王は俊弥の意外な反応を楽しんでいる様子だ。
「でもちょっとうらやましいな。彼女はここに住んでいる人間には誰にでも愛想が良いんだけど、携帯電話を買いに行くだけの事に自ら進んで案内役を買ってくれるなんて、よほど気に入られたんだね、ミムラさんは」
そう、それは昨夜の夕食時の事だった。俊弥、キャメイ、寺田の3人を乗せたヘリコプターが王国内の巡回を終えて王宮の庭に帰ってきたのが昨日の夕方。その後すぐにこの王宮の食堂で夕食をとりはじめたのだが、なんとそこにこの国の国王とレイナの二人が食事をしにやってきたのである。
そこでその日にキャメイが案内した場所の事などを話していたのだが、キャメイが明日俊弥のためにショッピングに案内すると言った時、レイナがその役を自分が代わりにやると言い出したのである。王は俊弥達が座っていた隣のテーブルで夕食をとっていて、途中からは同じテーブルで会話に加わっていた。

「いや、なんだかわからないんだけど、この国のお姫様や王様はずいぶんと...なんというか気さくというかカジュアルというか....」
「まあ、王様といっても本来はこのあたりの島の一部族の長だし、国をまとめるために形式上王制ってのを取ってるだけだからね。気分的には村長さんレベルなのかもしれないな。とにかく悪い人達じゃないよ。実際、あの人達を助けたくてこの国に残っている僕らの様な外国人も多いんだ。多分ミムラさんもだんだんわかってくると思うよ」
「ま、とにかくレイナ姫と二人でお出かけできるなんて幸運は滅多にないと思うから、楽しんでくるんだね。あまり羽目を外すとお付の兵士にブスっと刺されるかもしれないけど」
「縁起でも無いことを...」俊弥は少しばかりむっとした顔で抗議の意を示した。
とはいえ、王の言うとおりかもしれない。一応明後日からはオフィスに顔を出して1週間以内には普通に仕事を始めることになっている。働き始めればこんな南の異国でも、結構普通の生活が待っているのだろう。
この国での最初の休日くらいは特別なシチュエーションを楽しもう。楽しくハッピーに。
俊弥はそう意を決すると、皿の上に残った食い物を一気にかきこんだ。