ISLAND TOUR 3

ヘリはセントレイナ島を離れ、30分ほど飛行を続けた。
その間もキャメイはレイナ王国の状況についていくつか説明してくれた。

国を守るために、石油採掘を行い、その収益を資金に各島を保全するための工事等を積極的に行っている事。
石油採掘だけではいずれ資源が枯渇する。将来にわたって国を支える産業を育てるべく、観光産業とハイテク分野への投資を積極的に行っている事。
そのためにITやエネルギー、バイオなどの研究施設をいくつかの島に建設し、世界各国から科学者や技術者を呼び寄せている事など。


「そろそろ見えてくる様ですよ?」キャメイが機体の前方を指差した。セントレイナ島から30分、会話が途切れ、それぞれが機外の風景をボーっと眺めていたところだった。
キャメイは前席のパイロットとなにやら話をしながら、身を乗り出す様にして前を見ている。英語なのか他の現地語なのか?キャメイパイロットの会話は速過ぎて、俊弥には良く聞き取れなかった。
機体に前方の海面に何やらぼんやりと見えていたものがその間にも徐々にはっきり姿を現し始めた。
どうやら非常に起伏の少ない、のっぺりした感じの小さな島に近づいているらしい。
島の一部からは何やら高い塔のようなものが何本も突き立っている。
「あの島は代替エネルギーの研究施設になります。私達はメモリー島と呼んでいます。」キャメイが島を指差しながら説明する。
島に近づくと突き立っている塔の正体は風車であることが分かった。日本でもいくつかの場所で見ることができる風力発電機である。さらに島には太陽光発電の施設と思われる、鏡の様な大型の装置群がキラキラと輝いていた。
ヘリが近づくに連れて島の全容がはっきりと見て取れる。
「ずいぶん小さい島だな?」
「そうですね。だいたい端から端まで長いところで3kmくらい。短いところでは2kmくらいで、少しだけ楕円形になってる感じです。」
「島全体が海抜1mから高いところでも10mくらいしかありません。見ての通り、島の外周全体が砂浜になってます。観光客が来ないところなので、ゆったりとビーチで遊ぶには良いところですよ。ホテルも何もなくて研究所の宿舎に泊まるしか無いですけど」
島を囲む砂浜はキレイで、断崖のような場所も無いため確かに海で遊ぶにはよさそうなところである。
「これから研究所のヘリポートに着陸します」
ヘリは海の近くにある比較的新しめの建物に近づいていった。ビル全面がガラス張りでいかにも現代的なデザインの建物が二棟、双子のように並んで建っており、ビルの間にブリッジが2箇所接続されている。そのビルのそばに大型のヘリポートが設置されているのが見えた。
ヘリは高度を順調に下げると、ほとんどショック無しにフワリと着地した。どうやら腕の良いパイロットらしい。
ヘリはそのままエンジンを停止し、地上に居たスタッフがヘリの脚部に車輪止めをかけ、外から扉を開けてくれた。
キャメイに即されて俊弥がまずヘリを降り、キャメイ、寺田が後に続く。

「よくいらっしゃいました!!」ヘリの外でひとりの男が待ち構えており、訛りのある英語で3人に声をかけてきた。
男は長めの白髪をオールバックにし、頭の後ろで束ねていた。肌は浅黒く、インドとかアジア圏の人間らしい。年齢は40代?50代?....俊弥には見ただけは良くわからなかった。「おじゃまします、ラジャ博士」キャメイが挨拶を返した。
「やあ、キャメイさん、元気にしとるかね?テラダ君もひさしぶりだね?」ラジャ博士と呼ばれた男は二人と順に握手を交わした。
「博士もお元気そうでなにより」寺田も英語で返した。今までの関西弁からは想像がつかないくらい流暢な発音の英語である。
「いや、全くごぶさただな。たまにはこの研究所にも遊びに来て、システムの調子を見てくれよ。ところでそちらの方は新しい方かな?」博士は俊弥を方を見た。
「ITシステム開発局に来て頂くことになったトシヤ・ミムラさんですよ」キャメイが説明した。
ミムラです。よろしく」俊弥は短く言うと博士に向かって右手を伸ばした。
ミムラ君か、よろしくな」博士は力強く俊弥の手を両手で握り返した。近くで見ると腕は太く、上体がかなりがっちりしている。博士(ドクター)とか呼ばれているがアメフトかなんかの選手の方が似合いそうである。
「こちらのテラダ君は冷たくてな、この研究所の施設も色々ITシステム開発局のお世話になっとるんだが、なかなか見に来てくれん。今開発しとるという新しい分散データベースを早く試したいんじゃがね」
「まさにそのために彼に来てもらったんですよ、博士」テラダはにっこりと笑いながら返した。

博士を含む4人は建物の中に入り、エレベーターで最上階に向かった。このエレベーターもシースルーの現代的なものである。
「最上階にな、ガラス張りの展望室があるんだ。午前中は天気が悪かったが、今は晴れてきとるからなかなかの眺めだよ。彼女でもできたら一度連れてくるといい。おっと、ミムラ君は結婚は?」
「いえ、まだ」
「そうか。早くいい人を見つけるといい。聞かなかったがテラダ君と同じ日本人かな?」俊弥は軽くうなづいた。
「そうか、ならこの国の女の子が合うかもな。この国の人間は日本とか中国とかあそこらへんの人間と良く似とるからな」博士がそう言っている最中にエレベータは最上階に到着した。4人はエレベーターを降り、博士に案内されて窓際のテーブルに足を運んだ。
キャメイ、俊弥、寺田、博士の順に円形のテーブルに時計回りに腰をかけた。キャメイと俊弥が窓側で少し振り向くと外の様子が一望できた。

「再度、自己紹介させてもらおうかな、レイナ王立エネルギー研究所所長のジョセフ・ラジャです。ほとんどの人は単に博士と呼んでくれているがね。一応クリスチャンでね」
「博士はこの国の命運を握っているといっても良いくらい重要な方なんです」キャメイが言った。
「いやいや、そこまで期待されるとプレッシャーになるな。この国ではなんでも任せてくれるんで、非常に研究がやりやすいよ。ここでは風力,太陽熱,太陽光,地熱などの代替発電施設や、燃料電池とかの新エネルギーの研究をしておる。以前はMITにいたんじゃがな、案外色んなしがらみが多くて自由に研究できんから逃げ出してきたわい」
「なんでもアメリカでは核融合の研究をしとったらしいで、この博士は」寺田が日本語で隣の俊弥にささやいた。
「テラダ君、なんかワシの悪口言っとるだろ?」この様子を見て博士がすかさず口を挟む。
「いやいや、博士の米国での素晴らしい業績についてですね...」
「あー、良い良い」博士が寺田の言葉をさえぎった。「ところでさっきの話の続きだが、どうだねミムラ君、このキャメイ君なんかは?」
「え?」何を言われているのかわからず、俊弥は聞き返した。
「いや、だからさ、結婚だよ、結婚!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、いきなり何を言ってるんですか?」キャメイが顔を真っ赤にして抗議した。
「いや、いや、この国の女性は割と早めに結婚するだろう?さっきも言ったがこの国の人間は日本人に非常に近いからな、人種的にも相性は悪くないと思うが」
「あの?人種って?」俊弥が聞いた。
「レイナ王国内の最大部族であるモーニング族は縄文時代に日本や朝鮮半島から海を渡ってこのあたりにたどり着いたという説があるです」キャメイが答える。
「まあ、縄文云々が本当かどうかはともかく、見かけ日本人とほとんど変わらん人が多いのは確かだね」寺田が付け加えた。
「とにかくそんなわけでだな、このキャメイさんもお年頃だから、そろそろ良い人を見つけてやらんとと最近思ってるわけだよ」博士が話題を元に戻す。
「だから私はまだ早いですって。ミムラさんも困ってるじゃないですか」
「確かにキャメイは結構可愛いよ。なあ三村さん?」寺田がからかう様に言った。
「うん、えーっと、確かに....」この場合、PrettyとCuteとどっちが良いのだろう?いやBeautifulって言っておいたほうが無難か?
「あー、そうかそうか」俊弥が逡巡している間に寺田が得心した様子で言った。
「三村さんはお姫様派か?」
「お姫様派?」
「レイナ姫。開発局内でも姫とキャメイさんは人気モノだからね」
レイナ姫か、確かにあの子は可愛かった。
「図星だな」寺田が見透かす様に突っ込みを入れる。
「そうなんですか?」キャメイはなんとか自分から話をそらそうと、寺田に乗って来た。「ほほう。レイナ姫か。あの子も可愛い子だよなあ。いいんじゃないか?」博士が言った。
「何言ってるんですか?お姫様なんでしょ?」俊弥が返す。
「まあ、本人次第だがなあ。まあ気にいった子が見つかったら教えてくれ。協力するよ」博士はいたずらっぽく笑ってこの話題を締めくくった。

その後、4人はひとしきり談笑し、この島、メモリー島についての情報を知ることができた。この島には原住の住民も住んでおり、地元住民はおよそ300人、この研究所内には地元住民の子供達が通う小さな学校もあるそうである。ラジャ博士は研究所の所長だけでなく、学校の校長もかねていた。
時々は自らが子供達の前に簡単な理科の実験をしてみせるそうである。
「この島の人たちは、基本的には簡単な畑と漁で生活しているんです。できればその生活を維持したいのですが、一方でこの国の将来を考えると技術開発が必要で人材を育てる必要があって。子供達の中に科学に興味を持つ子がいれば積極的に教育を受けられる様に制度を整えている最中なんです」この話が出た時、キャメイは少し寂しそうにそう語った。
「博士はずっとこのメモリー島に滞在されてるんですか?」俊弥がそんな質問した時、博士がこの島の様々の状況について語ってくれた。
「ワシはね。レイナ本島まではヘリで30分程度だし、この研究所とレイナ島を結ぶ高速のジェットホイルもある。レイナ島とは5年前に海底ケーブルで繋がっていて、高速の通信回線があるし、島内では携帯電話も使えるよ。若い所員は週末はレイナ島に行って遊ぶみたいだがワシは3か月くらいこの島に篭ったままだな」
携帯電話、そうだ、携帯電話!!
「携帯電話で思い出したんだけど、キャメイさん」俊弥はキャメイに尋ねた。
「ハイ?」
「レイナ島内で携帯電話を買えるところはあるのかい?日本で使っていた奴は解約してしまったから、携帯が使えるなら新しい奴を買いたいんだが。」
「ああ、それなら明日は休日ですから誰かをお買い物の案内につけますわ。他にも色々買い揃えるものがあるのでしょう?」
俊弥は必要最低限のもの以外の荷物ほとんど日本の実家に送っており、レイナ島には持ってきていなかった。
「うん、そうしてくれると助かるよ」
「レイナ王国では通信環境の整備には力を入れてますので、多分あまり困ることは無いと思います。さきほど海底ケーブルの話が出ましたが、セントレイナ島では米国本土とも高速の海底通信ケーブルで接続されています。その他衛星通信設備など揃えていて、サーバーファーム等も置ける様になっています。通信も重要な当国の資源ですので」

どうやらスゴイ所にやってきたらしい。俊弥はようやくその事を理解し始めていた。