SAINT REINA ISLAND

「みなさま、本日はパシフィックインター07便をご利用くださいまして誠にありがとうございます。当機はあと10分ほどで、セントレイナ国際空港に着陸して参ります。」
翼が雲を切り裂き、眼下にうっすらと海が広がって見える中、着陸のアナウンスが始まった。
「ただいまの現地時刻は午前7時30分、現地からのレポートによりますと天候は残念ながら雨が少し降っている模様、気温は24℃となっています。」

成田を離陸して約7時間、南太平洋の楽園と聞いていたが雨とはついていない。いや、南国はどこでもそんなものか。常夏のイメージとは裏腹に雨に祟られることが多いものだ。
機体はどんどん高度を下げているが、窓から見える景色は白い霧状の雲に覆われたままだ。

まさかホントにこんなところに来るとは...
三村俊弥は窓外の白い景色を漫然と眺めてながら、飛行機が向かう先に思いをはせた。

きっかけはわずか3か月前のことだった。深夜に会社から帰宅し、なんとなくネットを徘徊しているとあるWebサイトが目に留まった。

『真夏の楽園レイナ王国で先端技術開発にチャレンジ!!明るい南国で自由な開発をしてみませんか?』
怪しい。見た瞬間の感想はそれであった。真夏の楽園?王国?そんなところで先端技術開発?レイナ王国なんて聞いたことないぞ。
全く興味は無かった...はずなのだが、なんとなくそのページをブックマークしてその夜は就寝した。
しかしなぜかそのページが気になった。仕事をしていてもなんとなく仕事が手につかない。いや、それは別にそのページを見たからでは無く、もともと......
多分、自分は逃げたのだろう。どこかに逃げ出したかった。それにしたって他にもっと逃げる場所があるってモノだが。
俊弥が再びそのページを訪れるのにほとんど時間は掛からなかった。
レイナ王国、国自体は確かに存在するらしかった。なんでも日本から直行便が飛び始めたのが5年前。成田から週3便が運行するのみである。
日本ではほとんど存在を知られていない南太平洋の島国だが、最近旅行マニア達の間では新しい渡航地として注目を集め始めているらしい。
そんな程度の知識を得ただけで、俊弥はそのホームページの連絡先にメールを打った。返事が返ってきたのはわずかに1時間後であった。そして.....


「みなさま、当機は最終着陸態勢に入ります。座席のベルトをお締めになっているかご確認ください。またお座席の背もたれ、テーブル....」
最終進入のアナウンスに物思いから引き戻される。

窓の外に目をやると雲の隙間からところどころに見える海面が大きく迫ってくる。
機内のスクリーンは前脚部に取り付けられた外部カメラの映像を映し出しているが、ほぼ白というか灰色に近く、どこに滑走路があるのかはまるでわからない。

不意に視界の中に地面が現れた。
同時に小刻みに機体の動きが修正されるのを感じる。

ドン!!ドドン!
続けざまの鋭い衝撃が機体を震わせる。主翼上のスピードブレーキが一斉に開く様子が機内から観察されるとほぼ同時にエンジン音がカン高く変化する。リバーサの作動音だ。

減速が終わり、機内に静寂が戻ると同時に着陸完了のアナウンスが開始された。
「みなさま、当機はただいまセントレイナ国際空港に到着致しました。みなさまの安全のため、機体が完全に停止するまでシートベルトをお締めになったままでお待ち頂けます様、お願い申し上げます。」

機体が停止し、ボーディングブリッジが接続されると、ベルトサインが消灯され乗客たちが一斉に立ち上がり始める。頭上のストウェージに小型のキャリアバッグひとつだけを入れていた俊弥はすばやく機外へと出ると、入国審査、税関と他の国々と変わる事の無いプロセスをくぐり、到着ロビーに辿り着いた。
まだ朝だからか、あるいは到着便がそれほど多く無いのかロビーは比較的閑散とした印象である。

『Mr. Toshiya Mimura』

到着ロビーに集まる何人かの出迎えの人々の中に自分の名前を書いたボードを見つけた。
だが...

ミムラ・トシヤさん?」
「ああ、僕がそうだけど...」
日本語だ....いや問題はそこじゃない。
「よくいらっしゃいました。クルマ待たせてるから、そこまで案内するけん」
????少し変な日本語だ...いや、そうじゃなくて...
「あの君?」
「ハイ」
少女は満面の笑顔で振り返った。見た目は15か16か、身長は150cmを少し超えるくらいの小柄な愛らしい少女。くりくりした瞳が印象的だ。髪の毛は茶色がかっているが、瞳は黒い。日本人と言われてもほとんど違和感を感じない様に見える。
服装はひざ下に切れた短いジーンズに大きなベルトとアクセサリー、それに黒地のTシャツ。Tシャツの図柄はなんと般若の顔である。日本でデザインされたものだろうか?
なんでこんな子が迎えに?アルバイトだろうか?
「あ!アタシのことはレイナと呼んでください」

「とりあえずこれから産業・経済振興局にお連れしますから」レイナと名乗る少女はそう言ってスタスタと歩き出す。
少なくとも少女が自分の出迎えらしいこと、行き先が合っていることから俊弥は合点がいかないままバッグをガラガラと引いて着いて行く。

「あの、レイナ?君はアルバイトか何かなの?」日本語が通じる様なので日本語で話しかけてみる。
「アルバイト?いえ、違うっちゃね」少女は俊弥の問いかけを否定した。


ちょっと語尾が変なところがあるな。まあ外人さんだし....などと思っていると、たまたま横を通った売店の中から売り子のおばさんが少女に声をかけるのが聞えた。早口で聞き取りにくいが英語かあるいは何か現地の言葉なのか....少女はおばさんに笑顔で何事か言葉を返す。

あれ?今....「Princess」おばさんの言葉の中にそんな単語が混ざっていた様な。
そうこうする間に二人はロビーから建物の外に出た。やはり霧がかかったままであるが、幸い雨というほどの雨は降っていない。ただじとっとした湿度を肌全体で感じる。

「あのクルマです」少女が一台のクルマを指差した。
真っ白い高級そうなリムジンが一台、到着ロビーのすぐ外に横付けする形で停車していた。
リムジンのそばにはカーキ色の警官か軍隊の様な制服を着た若い男が立っており、こちらを気づくと素早く敬礼をした。
「どうぞ、荷物を彼に預けて下さい」少女が言うか言わないかのうちに男は半ば強引に奪い取るかのように俊弥のバッグを受け取ると、リムジンのトランクへと運んだ。

さらにもうひとり、リムジンから降り立った運転手が後部座席のドアを開ける。運転手もまたカーキ色の半袖の制服に身を包んでいる。

少女にうながされリムジンに乗り込むと、じめっとした空気が一転して冷えすぎなくらいの冷たい空気に変わった。
革張りのシートに身を埋めた俊弥の横に少女がさっと乗り込むと、運転手がうやうやしくドアを閉める。トランクに俊弥の荷物を運んだ男は助手席に乗り込み、さらに運転手が乗り込むと、すぐにリムジンは走り始めた。

「なんていうか....スゴイね、このクルマ...」俊弥は誰に言うでも無く呟いた。と、同時にリムジンの後方に2台の黒塗りのベンツがついてきておりと、さらに前方に警察らしきハーレー2台が先導していることに気がついた。


「あの、後ろのクルマは?このクルマについてきているみたいだけど?」
「ああ、警察ですよ。私達を守ってくれているんです」
「守るって、そんなに物騒なのかい?ここは?」
「いえ、そうじゃなくて、彼らは王室警備隊だから....」
「王室警備隊?」
「いつも私についててくれる」
王室警備隊って何だ?確かにこの島は王制を引いているとは聞いていたが.....

「あの君は一体?」
「この方は当王国の姫君ですよ。」不意にどこかから声が響いた。ガラスで隔てられた前方の助手席から制服の若者が振り向いている。
どうやら全部座席と後部座席を繋ぐインターカムを使ったらしい。

「姫君って....」
隣にいる少女の顔をしげしげと見つめると、少女は気恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「ようこそレイナ王国へ。私はレイナ王国第一公女、レイナ・フェアリスです」