くまとれいな

僕はおもちゃ会社の工場で生まれた。
実は僕は中国生まれだ。
たくさんの仲間たちと海を渡り、神戸の港に着いた。
港ではいくつものグループに分けられて、トラックというものに乗って運ばれた。

僕の行き先は福岡。とあるおもちゃ屋の棚に陳列された。
毎日同じ場所で待っていたけどなかなか僕を欲しがる子供は現れなかった。
そんなある日、

「このクマさん可愛か!」
ある女の子がそう言って僕を持ち上げた。そうか、僕はクマさんなんだ、その時初めて自分が何なのかを知った。
「クマさんクマさん」女の子は何度もそう言って僕の頭を撫でてくれた。それまではもっと大きな人間のごつごつした手でしか触られたことが無かったから、女の子の手がとっても柔らかいのにビックリした。

僕はその日かられいなという名前のその女の子の元で暮らすことになった。


れいなちゃんは毎日僕を抱きかかえて、どこにでも連れて行ってくれた。
夜寝る時も一緒だ。
しばらく経ってれいなちゃんが「学校」という所に行く様になってからは、毎日一緒にお出かけすることはできなくなってしまった。それでも夜になれば、学校で起こった色々な出来事を僕にお話してくれた。





学校に行く様になって、何年か経った頃、れいなちゃんはよくテレビで「ミニモニ。」とか言う奴を見るようになった。
テレビを見るたびに「れいなもミニモニ。に入る〜」と騒いでいる。この間はお母さんにミニモニ。って奴の衣装を作ってもらって上機嫌だった。そんなれいなちゃんはとっても可愛いと思う。




ある日の事、れいなちゃんは「東京」というところに引っ越すと言い出した。
れいなちゃんはダンボールの箱に東京に持って行くモノをどんどん詰め込み始めた。
なんでも「モーニング娘。」という団体さんに入ることになって、そのためには東京に行かないといけないらしい。
れいなちゃんはお気に入りの服とか、CDとか、アクセサリーとかをどんどんダンボール箱に詰め込んで行く。
僕は本棚の上の方の段に置かれたままで、れいなちゃんはこっちを見てもくれない。
れいなちゃんがだいぶおっきくなってから(と言っても、時々部屋に遊びに来るお友達と比べるとちっちゃいままだけど)、だんだん僕に触ったり、話かけたりすることも減ってきた。
僕は置いていかれちゃうのかな?なんだか悲しくなってきた。


部屋の中はどんどん片付いてきて、れいなちゃんのお気に入りのものはほとんどダンボール箱に詰め込まれたみたいだ。
僕はやっぱり置いていかれちゃうのかな。僕はしょんぼりとして、本棚の上で横に寝転がった。

コロリン。


僕が倒れた小さな物音に気づいて、れいなちゃんははっとした様に僕の方を見上げた。
れいなちゃんはよいしょっと背伸びをして、両手で僕を持ち上げた。
れいなちゃんはそのまま僕を顔の前に持ってきた。なんだか久しぶりにれいなちゃんを近くで見る。僕はドキドキした。

「うーん」
れいなちゃんはちょっと考え込んでいた。
それからニコっと笑った。
「お前も東京に行くか?」

僕は嬉しくなって必死でうなづこうとした。でも僕の体は自由に動かないので何もできなかったけれど、それでも必死で嬉しい顔をしてみた。
それがれいなちゃんに伝わったのかどうか、よくわかんないけど、れいなちゃんはこう言ってくれた。
「うん、行こう!」


こうして僕は東京行きのダンボール箱に入れられたんだ。




東京に来てから、れいなちゃんはまた僕に話しかける事が多くなった。
なんだか新しい環境で大変そうだ。
モーニング娘。にはれいなちゃんの他に2人の女の子が一緒に入ったらしい。後、なぜか先輩なのに同期のちょっと怖いお姉さんも居るとか。
れいなちゃんは同期の女の子達の話を良くしてくれる。

僕の前ではとても元気良く振舞うれいなちゃん。でも本当は周りに溶け込んだり、新しい事を覚えたりで、時々フラフラになってお部屋に帰ってくる。そんな時、僕はとっても心配になる。


ある時、同期の2人の子だけが沖縄というところに行ったと言ってとっても悔しがっていた。ちょっとかわいそうだったけど、その悔しがり方がとっても可愛かった。


時が経ち、またれいなちゃんが僕に話しかける回数は減ってきた。多分、新しい環境に慣れたのだろう。
ある時、れいなちゃんがとっても興奮しながら1枚の写真を持ってきた。
写真に写っているのはれいなちゃん。ミニスカートに野球のユニフォームっぽい不思議なシャツを着て映っている。
「れいな専用のミニモニ。衣装やけん」
「ステージでじゃんけんぴょんやるっちゃ」
興奮した口調で、クマのぬいぐるみの僕に話しかけるれいなちゃん。とっても嬉しそうだ。
ミニモニ。ってれいなちゃんが小学生の時に好きだったものだよね?僕には細かい事は良くわからないけど、れいなちゃんが喜んでいるのだけは、ぬいぐるみの僕にも良くわかった。
良かったね、れいなちゃん。




それからしばらくは幸せな日々が続いたんだけど....
ある日、外から帰って来たれいなちゃんがいきなり僕を見つめた。
それからうーんって顔をする。

「お前、なんか薄汚れてきたっちゃねー?」
ガ━━(゚Д゚;)━━ン!

僕はぬいぐるみだからお風呂に入れない。れいなちゃんは時々はたきでホコリを払ってくれてたけど、やっぱりヨゴレは溜まって来る。
そんなに汚れちゃったのかなあ?もしかして匂ったりするのかな?

「それに腕がとれそうっちゃ」
え?腕?
うわぁあああああああああああああああああああ。
腕の付け根の縫い目がほつれて、中の綿が飛び出しかけてる!!
僕は痛みとかは感じないから全然気が付かなかった。

「うーん、どうしたらよかね?」れいなちゃんは少し悩んでから部屋を出て行ってしまった。


ああああああ、どうしよう。ボロくて汚いぬいぐるみなんかれいなちゃんには似合わないよね。僕、捨てられるんだろうか?
東京に来ることになった時みたいな、また僕は悲しくなっちゃったんだ。

れいなちゃんは部屋を出て行ったまま、なかなか帰って来ない。
僕は捨てられたら、夢の島みたいなところに連れて行かれるんだろうか?それとも燃えるゴミだから焼却炉?僕は怖くて怖くて、涙が出ないのに、泣き出しそうだった。

「おっ待ったせー」れいなちゃんが勢い良く部屋に入ってきた。
両手に何かの袋を持っている。
「ぬいぐるみ用の洗剤を見つけて来たっちゃ。これで拭けば表面の汚れは落ちるけん」
「でも、その前に」
れいなちゃんは袋の中から針と糸を取り出した。それから外科医の様に僕の腕を治し始めた。
30分に及ぶ大手術の末、僕の腕は繋がった。でも縫い目はボロボロだし、腕はなんか変な方向にくっついている。でもれいなちゃんはとっても満足そうに僕を見ていた。

ふとれいなちゃんの手を見るとあちこち針で刺したらしく血の跡がある。
僕はれいなちゃんには聞こえないけど、一生懸命ありがとうを言った。

それかられいなちゃんは僕の体をガーゼで拭いてくれた。自分では良くわからないけど、ぬいぐるみ用の洗剤を浸して丁寧に拭いたらずいぶんキレイになったらしい。

僕の体を拭き終わったれいなちゃんは、僕を両手で持ち上げて何度も見つめていた。

その夜、僕は、ひさしぶりにれいなちゃんのベッドで一緒で眠った。れいなちゃんの胸は昔とあんまり変わってなかったけど、とっても暖かかった..