抱擁
桃子は跳んだ。
阿久津たちがいる屋上の外へ。
地面に降りると一般の歩行者達が居たが皆一様に静止していた。
やっぱり。
またゲートが開きかけている。
れいなが全身を炎と化して襲い掛かる。
体当たりするようなれいなの攻撃をギリギリのところでかわす桃子。
熱い。これが幻影にせよ、本物にせよ、この炎をなんとかしないと。
桃子はある方角へと急いで逃げて行った。
多分こっちであっているはず。こっちの方に・・・
「待たんね、いつまでも逃げ切れんよ」
れいなの手が桃子の肩を捉える。
苦痛に顔を歪ませながら蹴りで応戦し、れいなを突き放す。
もう少し。確かこっちに。
桃子は道端の塀を乗り越え、ある場所に入っていった。
ざばーん!!
激しい水しぶきが上がった。
やった。思ったとおり。学校があった。そしてプール。
桃子はプールの真ん中に膝から下だけを水につけた状態で浮いていた。
桃子がいる部分の水深は1.7mくらいあるので普通ではありえない状態である。
「なるほど、考えたね。でも無駄やけん」
れいなはプールサイドに立ち不敵に笑う。
大丈夫、止められる。桃子は大きく息を吸い込み全身に力をみなぎらせた。
れいながプールサイドから跳ぶ。
桃子は大きく息を吸い込み、プールへと身を沈めた。
れいなは水面に飛び込み赤い炎をまとったままで桃子に迫る。
水中でれいなの拳を受け止める桃子。
「熱い!!」
桃子の顔に驚愕の表情が現れた。
そんな、水中でもこの炎は有効なの?
大丈夫、打ち消せるはず。
桃子はれいなの拳を両手で掴んだままれいなを睨みつける。
熱い。手だけでなくまるで全身が焼かれているようだ。
田中さん、なんでこんな。
れいなの形相に何かを感じ取る桃子。
苦しいの?水中だから?
違う。熱いの?田中さんも炎から受ける熱を我慢している?
自分自身すら焼く炎を攻撃に使っているの?
桃子の足がプールの底を蹴り、水中から二人が飛び出した。
プールサイズの金網に全身を強く打ちつけられる桃子。
近くに着地したれいなもよろめく。
「もう、降参せんね?桃子ちゃんに勝ち目はなか」
れいながなぜか悲しそうな声で桃子に語りかけた。
桃子はよろよろと起き上がり、しかし何かを決意した瞳でれいなを見つめた。
「降参・・・しません」
桃子はゆっくりとれいなに近づいていく。
「なら、燃えてしまえ!!」
れいなが全身から炎を発する。
そのれいなに一歩一歩近づく桃子。
やがて・・・
「うぁ」苦しそうに呻く桃子。
全身炎と化したれいなの体を両手で包む様に抱きしめようとしていた。
「何するん?」
そういうれいなも苦しげな表情を浮かべる。
「田中さんに付き合います。最後まで・・・あたしの気力が続く限り・・・例え一緒に燃え尽きても・・・この炎が消えるまで」
「離せ」
呻くれいな。
「離しません」
桃子は苦痛に顔を歪めながらも、れいなを抱きしめる力を緩めなかった。
「田中さんが何故、私達と戦うのか?自ら苦痛に耐えてまで。私にはわかりません。でも、私は同じ苦しみを田中さんと一緒に・・・」
「れいなは苦しくなんか・・・」
「嘘」
「離せ」
桃子の表情が少し緩む。横目に桃子の顔を見るれいな。
「何笑ってるん?」
「だって・・・離せって言ってるくせに、田中さん全然力入れて私をはがそうとしないじゃないですか」
「そんなこと」
「うぁあああああああああ」桃子が痛みに呻く。
もはや体が痛いのか心が痛いのかよくわからない。
両目から涙がこぼれ落ちる。
「離せ、離せよ」
れいなの目にも涙が浮かぶ。
炎が揺らめく。
赤い炎はやがて蒼くなり・・・
「桃子ちゃん」
れいなが囁く。
「ごめん」
炎が消えた。
そして二人はその場に崩れ落ちる様に倒れた。
先輩?後輩?
「グレイマスクさん、田中さん、もう降参してください。勝負はつきました」
桃子が悲しげな表情で語りかけた。
「ずいぶんと自信満々ですね」
グレイマスクは阿久津に足と肩を押さえられた状態のまま、不敵な口調を崩さない。
「私は勝ちます。何があっても」
凛として響く桃子の声。
「別に阿久津さんがあなたを押さえているからじゃないですよ?」
グレイマスクの方を見て言葉を付け加えた。
「こっち見んね!!」
突如桃子の背後にれいなの声。
瞬時の判断で右に跳ぶ桃子。
本能的に顔をかばうように挙げた左腕に鋭い衝撃が走る。
「遅かね」
桃子の目の前にれいなの手刀が迫る。
両腕でれいなの右手の突きを止める。
「うあ」
桃子の体が後方に弾ける。
左腕を正拳突きの状態で突き出し、仁王だちになるれいな。
「別にれいなは自分の判断で戦えるけん。容赦はせんよ、先輩」
れいなは真剣な面持ちで吹き飛ばされた桃子を見つめた。
その表情には憎しみも興奮も無く、ただほんの少し悲しい顔をしてるように桃子には見えた。
「先輩か」
屋上の床にたたき付けられ、体についたほこりを払いながら、少しよろよろと桃子が立ち上がった。
「いつも田中さんはそこにこだわりますよね?」
「うるさい」
桃子が立ち上がりきる前にれいなが体を大きく回転させながら右手で手刀を叩きこもうとする。
バランスを崩した桃子は右手を地面につき、左足を上げて応戦する。
桃子の蹴りを避けながら一旦後方を下がるれいな。
「ずっと気になってた。6期はキッズの後輩なのになんとなく先輩みたいに扱われとるけん。あんたらだっていい気はしてなかったやろ?だからどっちの力が上か決着をつけんと」
「田中さん」
桃子はボクサーのように構えながら悲しげは表情を見せた。
「もぉはホントにそんなこと気にしてないですよ?」
「桃子ちゃんのは計算やろ」
れいなの拳が飛ぶ。
正面から両手で受け止めるれいな。
「何?」
思わず両手を開いて掌を見つめる桃子。
「よそみせんね!」
れいなの攻撃が続く。
「熱い!!」
桃子はれいなの拳がかすめるたびに激しい熱を感じていた。
「きゃああああああああああああ」
桃子の悲鳴。
全身が焼ける様に痛い。熱い。
炎?田中さんの手から?
「そろそろ手と足を離してくれませんかね?」
グレイマスクは阿久津を見上げながら静かな声で言った。
「何?」
「無意味ですよ?さっきから私の攻撃をボディに受け続けていて、このままではあなたが倒れてしまう。れいなさんはもはや自分の意思で動いています。私の足を押さえつけても無意味ですよ?」
阿久津はグレイマスクの足を自分の足で踏みつけ、更に肩を押さえて動けなくしていたが、グレイマスクは肩から下だけで腕を動かして阿久津の強靭なボディを撃ち続けていた。
確かに限界だが。田中れいな、彼女が自分の意思で?阿久津は空に跳んだ桃子とれいなを苦痛に顔を歪めながら見上げた。
「どこに逃げても無意味やけん」
れいなが拳を振るともはや明確に目視できるほどの赤い炎が桃子に襲い掛かる。
体の芯まで焼き尽されるかのような炎。
しかし・・・
おかしい。服は燃えてない?
これは幻覚?
肉弾戦に突入して物理的な力の闘いだったのに、また光の玉とか光線とかよくわからないエネルギーが使える状態に戻った?ということは?
「ま、まさか」
阿久津は二人の闘いを見上げながら、思わずグレイマスクを抑える力を緩めていた。
グレイマスクはその瞬間を見逃さずに阿久津から離れる。
「しまった」
グレイマスクは阿久津から3メートルほどのところに立って、静かに口を開いた。
「ご心配なく、私は何も手を出しませんよ。だってゲートが開き始めていますから」
ゲートが。
それがれいなが炎を使い始めた理由?
だとすると・・・
桃子さん。阿久津は祈る様に桃子を見つめた。
州* ` v ´)<ソロDVD!
沖縄ロケらしいですが。
オイラも(桃子と)沖縄行きたいわー。
さゆみVS桃子
「れいな、下がってて」
明らかに不機嫌そうな声でさゆみがれいなの前に出る。
その声にびくりと反応したれいなは素直に後ろに下がった。
「桃子ちゃん、一対一で相手してあげるわ。けど」
さゆみが厳しい表情で桃子を睨む。
「手加減はしてあげられないわ」
「上等ですぅ!」
返事し終わるか終わらないかのうち、桃子がステップを変えさゆみに迫った。
近づく桃子にさゆみの腰のあたりから何かが飛び出す。
ゆりなとの闘いに使っていた重たいボール?
紐付きのそれが桃子に迫るが桃子はクルリと体を捻ってそれをかわし、さゆみに手刀を打ち込む。
さゆみはボールを操る右手ではなく、空いた左手で桃子の手刀を受け止める。
同時に右手を手首の先で小さく返した。
桃子の背後に先ほどかわしたボールが迫る。
さゆみの口元に思わず笑みがこぼれる。
「があ」
次の瞬間、苦痛に目を剥いたのはさゆみだった。
ボールが桃子の背中を直撃する直前、さゆみの目の前から桃子が消えたのだ。
重たいボールはそのままさゆみの腹部に命中した。
「そんな武器を持ってるとかえって不利ですよ?道重さん」
うずくまるさゆみを見下ろしながら、桃子はわざと勝ち誇った口調で語りかけた。
「そのボールの動き、もう見切りました。そんなもの単なる足手まといにしかなりませんよ。」
桃子は続ける。
さゆみはボールを操るための紐を右手から離し、苦痛とも憎しみともわからない歪んだ表情で桃子をにらみ付けた。
やはりそうだ。何かが道重さゆみの動きに影響を与えている。
今の桃子の動き、さっきまでの彼女なら追従できたはず。
阿久津は、グレイマスクを睨みつけながら二人の闘いを観察していた。
その理由はおそらく。
阿久津が考えている間にも、さゆみが攻撃に打って出た。
小刻みにステップを刻んで踊る様な動きを見せる桃子に、直線的に飛び込む。
まるでヘッドスライディングでもするかの様に、腕を前に伸ばして体ごと桃子に向かって跳ぶさゆみ。
かわす、桃子。さゆみは片手を地面につき、逆立ち状態で脚を桃子に向かって振り下ろす。
それもかわす桃子。
すっと体をかがめ、さゆみの手を足で払う。
体勢を崩し、屋上の床に転げるさゆみ。
即座に立ち上がり、飛び込んできた桃子をジャンプしてかわす。
高く跳んださゆみを追って桃子も跳ぶ。
「このお!」さゆみが桃子に向かって空中で拳を振り下ろす。
だが・・・
桃子の蹴りが先にさゆみを直撃していた。
屋上に堕ちるさゆみ。
「ぐ」
グレイマスクが声を上げた。
目の前には阿久津。
阿久津がグレイマスクの両肩を押さえ込み、さらに両足を踏みつけていた。
「一瞬二人の闘いに気がそれたな。ずっと待ってたよ」
阿久津がニヤリと笑う。
「何を勝ち誇っているのです?あなたは肩をおさえているだけで、私の腕は動きますよ、ほら」
ドシン。鈍い衝撃音が阿久津の腹のあたりで響く。
グレイマスクがその拳を阿久津に打ち込んだのだ。
阿久津は苦痛に顔をゆがめたが、それでも勝ち誇った表情を変えなかった。
「耐えるさ、マイハマンピーチが道重・田中の二人を倒すまでね」
マスクで顔は見えなかったが、その裏にある素顔が一瞬歪んだような気が阿久津にはした。
「き、貴様」
「足が自由に動かせなければ、二人をうまく操れないんだろう?」
桃子は倒れたさゆみのそばに立ち、首筋に軽く手刀を打ち込んだ。
さゆみは一瞬大きく目を見開いたが、すぐに気を失って倒れた。
桃子は阿久津とグレイマスクを振り返り口を開いた。
「阿久津さんありがとう。気づいてくれたんですね」
阿久津がうなづいて返す。
桃子は阿久津に軽くウインクしてみせると、もうひとりの敵、れいなの方をにらみ付けた。
桃子の咆哮
「桃子ちゃん、あたしたちと戦うの?」
さゆみがぞっとするほど冷酷な声を発した。
テレビで見るブラックぶりっ子キャラとは大違いのその声に桃子はぞくりとするものを背中を感じた。
「やめといたほうがよかね」
れいながにやにや笑いながら桃子を見る。
「ちょっと待って。あんたの相手はあたしだよ、道重さん」
ゆりながさゆみの後ろから肩を掴み、右拳を叩き込んだ。
ばちん!!
大きな衝撃音が響く。
だが、さゆみは何事も無かったかのようにそこに立っていた。
右の手のひらを顔の左側にかざし、ゆりなの拳を受け止めていた。
「くっ」
ゆりなが苦しそうに呻く。
どさり。
ゆりなはそのままさゆみの足元に倒れた。
さゆみは倒れたゆりなに一瞥をくれるとゆっくりと桃子に向かって歩き出す。
「ま・・・て・・・あたしはまだ・・・」
ゆりなが呻きながらさゆみの足に手を伸ばそうとする。
わずかなところで届かない手。
「あなた達を殺したくは無いの。そのままおとなしく倒れていなさい」
再び冷たい声でさゆみが語りかける。
「そうそう、じっとしてれば命まではとらんっちゃよ」
れいながさゆみの横にすっと並ぶ。
二人のほんの2メートル前には桃子。
違う。二人の言葉に隠された好戦的ニュアンス。
桃子の知る二人とは違う。いや、道重さんは案外。
多分・・・この二人は本物なんだろう。根拠は何も無いが桃子の直感がそう伝えていた。
それでも桃子の知る二人は、そんなに深いつきあいでは無いけれど、違う。田中さんはヤンキーキャラってことになってるけど、実際は・・・・何かが二人を・・・
「田中さん、道重さん、申し訳ありませんがあなたたち二人を倒します」
桃子がそう言うと同時にさゆみ、れいなの眼前から瞬時に消え失せた。
「甘い!」
れいなの蹴りが何も無い空間に突き刺さる。
鋭い衝撃音とともに、桃子が屋上のフェンスに張り付く。
れいなは桃子の移動先を予測して蹴りを繰り出したのだ。
「がっ」
普段の桃子には似合わない呻きをもらして、一瞬口から血のようなものを吐いた。
「まだまだぁ」
再びダッシュする桃子。
「無駄だって言ってるでしょ」
さゆみとれいながそろって同じ場所に蹴りを繰り出した。
「え?」
さゆみが驚いた表情を見せた瞬間、さゆみとれいなの背後に桃子が現れた。
「いやあああああ」
激しい気合とともに、さゆみにラリアットをかます桃子。
小柄なれいなの体もろとも、さゆみをなぎ倒す。
さゆみを倒すと同時に右拳を体重をかけて振り下ろす桃子。
ひゅん!
倒れたれいなが一瞬早く片腕で体を浮かせ、カポエラの様に蹴りを放つ。
バック転で後方に逃れる桃子。
再び距離を開けて対峙する3人の少女。
桃子はさゆみ、れいなを睨みつけたかと思うとすっと目を閉じた。
「心眼とか言う奴?アフォっちゃねー?」
れいながケタケタ笑う。
桃子は目を閉じた状態ですっと両手を上にさしあげ、それから下に降ろす。
そして目を開けて軽いステップを踏み始めた。まるでダンスを踊る様に。
まるでステージ上の様に軽やかに踊る桃子。
「なんのつもり?」
さゆみがいぶかしげに睨み付ける。
「単なるこけおどしやね」
桃子に向かって踏み込むれいな。
超スピードで動くわけでなく、軽やかなステップのままするりとれいなをかわす桃子。
「なんね?」
振り返るれいな。そのれいなの肩の上に立つ桃子。
「この!降りんね!」れいなが桃子の足を掴もうと瞬間、ただ、すっと着地する桃子。
「なんなの?」
ふたりの様子を見ていたさゆみの顔が歪む。
再び踊り始める桃子。
これは?グレイマスクを睨みつけながらも3人の闘いを観察していた阿久津にある考えが浮かんでいた。